魂の視点から考える「安楽死と尊厳死」 ~「自殺」との関係性も含め~ 

【 「死」を考える事は「生」を考える事と同じ 】

ミナさんは『 私の願いでもあるんですよ。安楽死を、みんな(日本)で考える事は、、、 』とコメントしていましたが、様々に「考え」、様々に「意見を交わす」のは、とても大切で必要な事です!

 

なぜなら、「問題提起」としての、

 

「安楽死」を考える事は・・・

ひいては「自殺」を考える事に繋がり・・・

 

「尊厳死」を考える事は・・・

ひいては「生きる質」を考える事に繋がり・・・

 

「死」は誰もに「共通」している事象であり・・・

 

「死」考える事は・・・

ひいては「生(生きる)」を考える事であり・・・

「生(生きる)」に光を当てる事に繋がっている

 

からです。

 

 

【 何よりも実践が大切 】

最初にコメントした通り私も迷い、そして暗中模索をしています。

そして、今回のテーマに魂の視点を当てはめても、やはり、

 

「真の動機」

 

が「最も問われている」と感じます、、、

 

そして、私の迷いや暗中模索のように、

 

魂の視点も「知っている」だけでは(上手く)機能せず・・・

様々なケースに「当てはめ」て、自分なりに「考え」て、徐々に出来る範囲内で良いので・・・

身近な出来事から実践という「行動」に移すのが何より大切!!!

 

と、改めて感じました!

 

 

勿論、先のコメントと同じく尊厳死に当てはめる事も出来ます。

 

そして、安楽死や自殺は魂の視点から「外れたもの」になります。

しかし、「なぜ外れるのか???」を考える事は大切で必要です!

 

なぜなら、考える際には「寿命」という視点も含め、「真の動機」を真剣に見つめる必要性が生じるからです!!!