こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、前回のTOPICSでは「安楽死と尊厳死」そして「自殺」というテーマを取り上げましたが、お読みになって頂いた方々の中におかれましては、重く心苦しく感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、今回は、180度、真逆?のような、「なぜ、子どもはウンチなどが大好き?で、女性は勘が鋭い?のか(笑)」というテーマをお届け致します!

 

そこで、今回の内容におきましては、私の想像?妄想?から湧き出て来る、言わばフィクション(創作)!?のような感じかもしれませんが、お読み進め頂いた暁には、もしかしたら、ひょんな面?にも繋がっていくかもしれませんので、どうぞ、今回は、瀬川はふざけてるの???などのように感じても構いませんし、また、どのように捉えて頂いても全く害はありませんので、超気軽にお読み進め頂ければ幸いです(笑)

そして、今回のテーマの最大の趣旨は、

 

「遊び心」で魂の視点を活用する!!!

「遊び心」からでも魂の視点を活用出来る!!!

 

とでも言えるのかもしれません(笑)
では、今回のテーマに魂の視点を活用していく為に、少しの前振り(前提)をご紹介しながら進めて参ります!

 

そこで、このTOPICSでも何度も取り上げておりますが、ヒプノセラピー(催眠療法)のセッションの中には、魂の視点とも繋がっている「前世療法」や「未来世療法」というものがありますが、今回は「未来世療法」は特には関係してきませんので、改めて、「前世療法」の一般的な流れを少しだけご紹介致します。

 

① 「前世」での重要と思われる様々な場面を想い出す(時には、追体験する)

② 「死」の場面を俯瞰して見る

③ その後、「中間世」という場所に赴き、その人生を振り返ってみる

 

というのが、大きな流れになります。
勿論、実際のセッションでは個人差が出てきますので、必ずしもこの流れに沿うものではありませんし、そうである必要性もありません。

 

そして、ここで、「中間世」とは何ぞや?というご質問が出て来るかと思います。
この「中間世」というのは、

 

文字通りに・・・この世とあの世の「中間」

 

と、捉える事も出来ますし、その解釈でも全く構いません。
そして、ヒプノセラピーの目的としては、「今の日常(今世)」を出来うる限りスムーズに生きていけるようにとの、言わば「この世」に焦点を当てていますので、その意味では、

 

「中間世」とは・・・あの世

 

と捉える事も出来ますし、そのように解釈をすると、ヒプノセラピーの「前世療法」においては、

 

この世が「主」で・・・あの世が「従」

 

と捉えるケースもございます。
これは、どちらが正解という性質のものではなく、その時々で「主」と「従」が交代しても全く構いませんし、あくまで、クライアントの方がシックリくる感触を大切にしています(笑)

一方の魂の視点においては、

 

この世は・・・一時的な場所であり

あの世が「主」で・・・この世が「従」

 

という捉え方をします。
そして、ここでも、ヒプノセラピーと魂の視点のどちらが正解なの?という観点は(ほぼ)意味を成しませんので、どちらでも、どのように捉えて頂いても全く大丈夫です。
そこで、繰り返しですが、今回はどちらかと言えば、魂の視点の方に重点を置いてこの先は進めて参りますので!

 

では、第一の設問のような感じで、「なぜ、子どもはウンチなどが大好き?」なのでしょうか?
勿論、「など」ですので、ここには「オシッコ」も含めて構いませんよ(笑)

そこで、他界後の私達の状況を少し覗いてみます!
それは、

 

他界後の私達は・・・

意識(想念)そのものなので・・・

飲食するのも可能であり、排泄も出来る・・・

 

というものです。
この飲食可能というのは、例えば仏教などでも、49日までは好きなものをお供えしてあげて、その後は嗜好品に関しては徐々に減らしていくのが望ましいと言われているものと合致します。
ちなみに、この概ね49日というのも、世界各国の他の宗教などでも、不思議と?合致しています(笑)

そして、このように、あの世においても飲食をしていると、

 

段々と・・・

排泄は不要なのでは・・・???

という事に気づき始め・・・

 

次第に・・・

飲食も不要なのでは・・・???

という事に気づき始める・・・

 

という流れになっていきます。
そして、色々とあの世での生活をしていく内に、次第に、肉体(体)そのものが不要(無い)という事に気づき始め、さらに色々な事に気づき(想い出し)始めていくにつれて、

 

また(再び)、この世に誕生しよう(赴いてみよう)!!!

 

という風に気持ちが鼓舞されていきます。
では、ここで、ヒプノセラピーの「前世療法」などに関する、大学における研究成果でも報告されているものですが、それが、

 

概ね、5~6歳位までは・・・

(多くの方が)「前世」での記憶を色濃く保持している(想い出す事が出来る)・・・

 

とのものです。
つまり、これが意味する所は、

 

子ども時分においては・・・

まだ・・・

魂としての自覚(自分は魂という存在である)を・・・

色濃く保持している・・・

 

という事になります。
では、ここ迄で、お気づきになりましたでしょうか?(笑)
そうです!?

 

ウンチやオシッコという排泄行為(現象)とは・・・

(肉体という体は)あの世で不要であった為に・・・

その(排泄するという)記憶(や体験)が薄れ・・・

 

故に、それを想い出しつつある・・・

この世に誕生して間もない子ども時分には・・・

排泄行為(現象)とは・・・

面白くて、不思議で、楽し過ぎる!!!

 

という所から来ているというものです。
例えば、映画などで透明人間が何かを飲食すると、空中(空間)にその飲食物だけが存在し、それが流れて動いている場面のようなものかもしれません(笑)
なぜなら、繰り返しですが、排泄行為(現象)とは、「この世」では必須なものですが、「あの世」では本来不要なものだからです。

 

なので、ウンチやオシッコという「言葉の響き」は関係なく、例えば「ウンチ」を「布団」と教わり、「オシッコ」を「毛布」という言葉で教わっていれば、子どもさんは排泄行為(現象)を、「布団」!!!「毛布」!!!と面白がって、楽しくて、ハシャギ出す?というものであります(笑)

つまり、第一の設問においては、

 

「魂」という存在としての自分と・・・

「人間(肉体)」という存在としての自分とが・・・

「重なり合っている」点に由来がある・・・

 

という視点になります。
では、少し派生した第二の設問として、これも同じように、子どもさんでは「チンチン」や「オッパイ」というものも面白がる傾向があります。
そして、これも、もうお分かりかもしれませんが、

 

「魂」という存在・・・そして・・・「人間(肉体)」という存在に・・・

さらに・・・

男女という「性差」が・・・

「重なり合っている」・・・

 

という視点になっていきます。
なぜなら、「魂」には男女という「性差」は無いからです(笑)

 

では、ここ迄において、もしかしたら、「ウンチ」や「オシッコ」や「チンチン」や「オッパイ」などを面白がるのは、「男の子(だけ)」なのでは?というご感想をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
私自身の経験も含め、それもある種の正解かとも思います(笑)
ただ、

 

「女の子」がこのような言葉を聞いた際に・・・

恥ずかしがったり・・・はしたない・・・などと思ったり、感じたりするようなケースでは・・・

やはり・・・

「意識(関心)の焦点」がそこに向いているからこそ・・・

 

という意味では、「男の子」も「女の子」でも「本質的な違い」はありません。
単に、産まれた後に教えられてきた常識や教育などによる「反応の違い」によるものになります。
段々と、ひょんな面?が見え隠れしてきた頃合いでしょうか?

 

では、第三の設問でもあり、今回のもう一つのテーマでもある「なぜ、女性は勘が鋭い?のか」を見ていきます!
そこで、まず、「勘」でも「直感」でも、あるいは「霊感」などの言葉でも何でも構いませんが、このような「~感」というのは、誰にでも産まれながらに備わっているものであります。

 

ただ、そこには人それぞれの程度の差もあり、学校や社会から教えられてきた「一部の常識」などの影響により、その「~感」を狭めていったり、閉じていったりしている人の方が圧倒的に多いのも事実です。
また、私が魂の視点と称している、いわゆる、スピリチュアルな事柄に対しても、女性の方は比較的、柔軟に幅広く受け入れたり考えたりする「素地」を持っているのも、私自身の経験から言っても事実であると感じます(笑)

 

そのような面を含め、また、「子ども」や「ウンチ(など)」に続いての第三の設問という流れになっておりますが、これは「同列」という意味では決してなく、また、女性の方々を揶揄や卑下している訳でも全くありませんので、どうぞ、ネガティブではなく、ポジティブに捉えて頂ければ幸いです!
ちなみに、仮に男性を敵に回したとしても、女性を敵には回したくないのも、私の正直な本音です(笑)

 

では、ここでは、一つの時代的・社会的シンボル(象徴)とも呼べる出来事(事象)から考えてみます!
いわゆる、婦人参政権とも言われている、女性に選挙権が与えられたのは、欧米では19世紀末から20世紀初頭に掛けてでありますが、日本において女性に選挙権が与えられたのは昭和20年(西暦1945年)になってからです。

そして、このような事柄は、

 

男性は女性を格下に見ている(見てきた)

 

というのが「真の動機」として存在しています。
このような風潮も少しづつではありますが改善されて来てはいるものの、残念ながら、今現在においても、この傾向は至る所で垣間見られておりますし、内心では「女性を格下」とみなしている男性も(今だに)多いかと感じます、、、

では、なぜ、女性は勘が鋭いのか?という点ですが、

 

女性蔑視の時代や社会がずっと続いてきた(続いている)中で・・・

女性が「生きやすさ」を感じられる為の智恵やヒントを授けてくれる・・・

産まれ持った天賦の才!!!

 

とも言えるかもしれません。
つまり、

 

男性優位という目の曇った社会や世の中に対し・・・

「真実の目」を開かせてくれる鍵となり得る為に・・・

女性に贈られたギフト!!!

 

という側面もあるのかもしれません。
繰り返しですが、勿論、このようなギフトは誰にでも備わっており、男性でも活用出来ている人もおりますが(笑)

 

そして、ここから、さらに派生した視点では、最近では「LGBT」という言葉や、それに対する社会や世の中の理解も、これも徐々にではありますが広がりを見せております。
そして、この「LGBT」においても、単に4つに分類出来る性質のものではなく、

 

実際には・・・人それぞれの違いがあるように・・・

様々なグラデーション(濃淡)があるのが・・・

とても自然で当たり前の事でもある・・・

 

という視点は、当事者の方々のお話を拝聴すると、よく理解出来るものでもあります。
そして、

 

このグラデーション(濃淡)というのは・・・

「重なり」を意味し、表現しており・・・

 

特に「LGBT」の方々におかれましては・・・

「魂」・・・「人間(肉体)」・・・「(男女という)性差」・・・

それに加え・・・

 

「母性と父性」が(より)加味された・・・

「重なり合い」・・・

 

という面へと目を向けさせ、考えさせられる(良い)契機ともなっていると感じます。
勿論、この「母性と父性」も誰にでも両方共に備わっているものでありますが、「LGBT」などでお悩みを抱えている方のケースにおいても、ご自身の事などを見つめる際には、「(男女という)性差」という「(肉体上の)二者択一」に陥らずに、「母性と父性」をご自身に「馴染ませる」視点を持つ事で、「生きやすさ」を感じられるようになる人も数多くいらっしゃいます。

 

では、ここで少し視点を変えまして、科学の世界を覗いてみます!
現在の科学においては「古典物理学」と「量子力学」の二つの世界に大別される傾向も出ています。

 

「古典物理学」とは、例えば、リンゴが木から落ちる(万有引力の法則)の逸話で有名な、ニュートンの運動法則などが挙げられます。
この運動法則(慣性、運動、作用・反作用)は中学校で習っているかと思いますが、皆さんは覚えておりますでしょうか?
私は覚えておりませんでしたので、今回のTOPICSを書くに当たりまして、調べ(ググり)ました(笑)
そして、「量子力学」とは、このTOPICSでも幾度もご紹介しておりますが、原子や分子(素粒子)などを扱っている分野です。

 

では、リンゴを例として、「古典物理学」と「量子力学」の違いを簡単にご紹介して参りますが、私は理系が超不得意ですので、多少の間違いや解釈ミスは目を瞑って、温かい眼差しでお読み頂ければ幸いです(笑)

私達が、リンゴと認識して手に取る、つまり、リンゴと把握している状態が「古典物理学」です。
そして、そのリンゴを構成している要素、つまり、原子や分子(素粒子)を把握するのが「量子力学」です。

そして、このような兆候を別の表現を用いますと、

 

古典物理学とは「大きく」て「目に見える(見えやすい)」捉え方であり

量子力学とは「小さく(微小)」て「目に見えない(見え辛い)」捉え方である

 

とも言えます。
そして、現在の科学においても論争や悩み?の種となっているのが、

 

古典物理学の法則と量子力学の法則は相容れず・・・

両者共に法則上では・・・

違った「振る舞い」をしている・・・

 

という所までは発見出来ております。
つまり、リンゴを例に取ると、

 

リンゴそのものとしての「存在」と・・・

リンゴを構成している要素としての「存在」とでは・・・

全く「性質(法則や振る舞い)」が違っている・・・

 

というものです。
少々、分かりづらいかもしれませんが(苦笑)
そして、先ほどの論争や悩み?の種というのは、

 

なぜ・・・

リンゴそのものの「存在」の在り方(性質)と・・・

リンゴの要素としての「存在」の在り方(性質)が全く違うのに・・・

 

なぜ・・・

リンゴは「存在出来ている」のか・・・???

 

という所に焦点が当てられています。
私は全くのド素人ですので、正しい事は分かりませんが、ここに魂の視点を活用してみると、

 

これも「二者択一」という問題ではなく・・・

「存在」という「性質」は・・・

「重なり合っている」もの・・・

 

と言えるのかもしれません。
極論風に言えば、

 

「存在」とは・・・

「重なり合う(重なり合っている)」ことで・・・

「存在可能」になる・・・

 

とも、私の想像?妄想?という「勘」が、私に働き掛けているようにも感じます(笑)
そして、リンゴという「存在」がそうであるならば、私達という「存在」も同じである事になります。

そして、このTOPICSにおいても、

 

心と体は繋がっている

 

と幾度もお伝えしておりますが、中には、「心や精神は脳が産み出しているもの(幻想)である」や、「心や精神というものは脳の働きから生ずるものであり、全ては脳に依拠している」と唱える医師の方もいらっしゃいますが、最近では「(少なくとも)心と体には関連性(相関性)がある」と捉える医師の方も増えてきております。

そして、

 

心と体は繋がっている・・・

これを、より詳細に描写してみると・・・

心と体は「重なっている(重なり合っている)」・・・

 

との表現の方が、より(真実に)近くなるのかもしれません(笑)
そして、これも繰り返しですが、

 

「重なっている」とは・・・

「グラデーション(濃淡)」とも表現出来・・・

「二者択一」には馴染まない・・・

 

という「性質」を持っておりますが、ここで、陥りがちな落とし穴も潜んでおりますので、それをお伝え致します。
世の中や社会においては「二者択一」という視点や出来事も確かに存在しています。
そして、「グラデーション(濃淡)」という視点は大切であり、この先、さらに必要になってくる視点ではありますが、

 

駄目なものは・・・ダメ!!!

 

という視点や出来事も確実に存在しております。
つまり、この落とし穴というのは、

 

「グラデーション(濃淡)」を・・・

「(行き過ぎた)自由」という風に・・・

自分に「都合の良い」解釈(言い訳)をした時に・・・

 

目の前に現れてくるものであります!

今回は、ウンチや女性の勘などのキーワードから、私の想像?妄想?ひいては、「遊び心」としての魂の視点の活用の試みでしたが、今迄のTOPICSにおいても、「繋がり」「反映」「重なり」、そして「統合と調和」という視点を様々にご紹介しておりますが、「遊び心」の活用という意味でも、皆さんも興味や関心のある事などに、様々な視点を当てはめ、活用して、楽しんで「遊んで」みて下さい!

そうこうしている内に、「あなたなり」のひょんな面?の発見や気づきに繋がるかもしれませんよ!?
ちなみに、「大人」であっても、ウンチやオシッコやチンチンやオッパイが好きでも、それは全く構いませんので(笑)