魂の視点から考える「安楽死と尊厳死」 ~「自殺」との関係性も含め~ 

【 思いの一致も力になる 】

 

娘:
『 本人に問い掛けるのが怖かったかもしれないね。

  姿があるって事は、生きてるって事でしょ。

  姿があるか無いかは、私の中で凄くでっかい。 』

 

母:
『 それは、、、そうだよね、、、 』

 

そして、「人工呼吸器をつけて生きていくかの確認」を道代さんに問い掛けると、

 

道代さん:
(目を瞑って)『 イエス 』

 

と答えました。

更に、

 

道代さん:
『 生きていきたい。

  負けないで頑張りたい。 』

 

と答えました。

そして、道代さんの意思を確認出来た母と娘は、

 

『 本人が、こうやって向かって(病気と)闘うって事は、家族としては、ありがとうだよね。 』

 

と、思いが一致しました。

 

 

そして、番組の取材者が道代さんに「生きる支えは何ですか?」と質問をすると、

 

道代さん:
『 家族。 何気ない会話 』

 

と答えました。

 

【 安楽死を決意 】

ミナさんに話を戻します。

スイスに赴き医師から安楽死の要件や最終意思の確認をされ、数日後に安楽死の実行を決意した夜の姉とミナさんの「会話」です。

 

姉:
『 言葉が出ないね、、、

  言葉が出ないよ、、、

  これでいいんだろうかね、、、 』

 

それに対して、

 

ミナさん:
『 キリが無いんだよ。

  人間なんて、いつ死んでも、今じゃない、ような気がするの。

  私だって、ひょっとして、今じゃないかもしれない気持ちは、無きにしもあらずよ。 』

 

 

そして、安楽死の前夜、姉達とミナさん3人の最後の晩餐の会話も紹介されました。

 

なお、お断りですが「最後の晩餐」という表現は番組内で使われていたものです。

私も他に適切な言葉が見つからない面も含め、不謹慎と思う人もいるでしょうが、放送のままの表現を紹介している点を了承下さい!