魂の視点から考える「安楽死と尊厳死」 ~「自殺」との関係性も含め~ 

【 最後の言葉 】

翌日、ミナさんが「自らで」点滴を開始し、生涯の幕を閉じる迄の様子(死に至る迄の様子)も放映されました。

その時、姉が「ミナちゃん、ありがとね。」と言葉を掛けると、ミナさんが笑顔で「本当に最後の言葉」を発してくれた場面を紹介します、、、

 

『 こちらこそ、ありがとう

  最後に、こんなに見守られるなんて、想定外、ほんと。 』

 

そして、姉が「ごめんね。楽になれるね。」と言葉を続けると、ミナさんは薄れゆく意識の中で、

 

『 そんなに、体は辛くなかったよ。

  病院に、いつも来てくれたから。

  すごく、幸せだった。 』

 

最後の会話を終え、ミナさんは生涯の幕を「自らで下ろし」ました、、、

 

そして、日本では安楽死は認められていない事から、「ご遺体」を日本に帰らせてあげる事はせず、現地で火葬し「ご遺灰」はスイスの川に受け入れて貰いました、、、

 

 

【 目を背けない 】

「本当の人の死の場面」をTVで放映する事に対し、様々な意見もあるでしょう。

冒頭の『 人の「生死」が、突き詰めて言えば「人間」の存在自体が「無機質」に扱われ始めている 』とのコメントから、

 

この番組を最後まで観る事が出来ない人も、(もしかしたら)いるかもしれない

 

という印象や感想を、私は持ちました、、、

これは、番組の非難や否定では全くありません!

 

逆に近頃では、例えば子どもを祖父母の臨終に立ち会わせてしまうと、「衝撃が大きくショックを受けてトラウマになってしまうのでは!?」のように、過剰に「死」から目を背け、ひたすらに「死」を排除する姿勢が見受けられます。

 

 

そのような視点からの私のコメントです。

人それぞれ、子どもであろうと大人であろうと、様々な受け止め方や、心の整理の仕方があります。

故に、私は「臨終に立ち会わせるべき」などを伝えている訳では全くありません!!!

 

あくまで、一人一人それぞれで判断するのが大切です!!!