後編:コロナ禍も1年経ったが・・・ ~今後の為の振り返り(省り)~

第355回:『 後編:コロナ禍も1年経ったが・・・ ~今後の為の振り返り(省り)~ 』
【 参照キーワード:パンデミック、コロナ禍、新型コロナウイルス、新しい生活様式、反省、振り返り、検証 】

S.Light.M(カウンセリング・ヒプノセラピー・レイキヒーリング)の瀬川です。

前編中編とこれまで2回に渡りお届けして参りました今回のテーマですが、期間的な事も含め、新型コロナウイルスの状況も改善の方向に歩んでいるとは、まだまだ言えない状況でもありますが、ただ、テーマにありますように「今後の為」に重点を置いてお伝えして来ておりますので、早速、後編を眺めて参ります。

 

○ 『 「100年に一度・・・」は暗示??? ~ドラキュラ伯爵からの伝言???(笑)~ 』2020年8月15日掲載

ここ最近では「人生100年時代」、また、自然災害などでは「100年に一度・・・」などの「言葉」をよく見聞きするようになりました。
確かに、様々な科学分野の急速な発展というのは、ここ100年前位からのものであり、その観測史上における最大(値)と捉えれば、そうとも言えるかもしれないし、そうとも言えないかもしれない、などの面が絡み合ってきます。
では、自然災害で使われている「100年に一度・・・」を「暗示」として捉えてみます。
そして、この際にキーポイントになるのが《 「前」と「後」 》です。
では、その意味する所を見ていきます。

 

《 自然災害の「起こる前」の「暗示」としては、事前の危機の回避(避難を早める) 》などに活用されますし、意識の焦点を「集中」させるという意味では、「ポジティブな暗示」と捉える事も可能かもしれません。
一方《 自然災害の「起こった後」の「暗示」としては、ここに「人生100年時代」との「暗示」と「繋がり」と「重なり」が生まれてしまい、「100年に一度・・・」だから、もう(自分が生きている間には)起こらないだろう・・・ 》のように、《 喉元過ぎれば熱さを忘れる 臭いものに蓋をする 》という「言葉」に現されているように、《 「今」から目を逸らさせてしまう・・・故に対策なども進まない・・・ 》という「ネガティブな暗示」と、「ネガティブな繋がりと重なり」が「体現」してしまう怖れも生じてきます(一部では既に生じておりますが)。
そして、これが《 二度と同じ事を繰り返さない 》という点を実現する事を(とても)困難にしております。

 

今回の新型コロナウイルスの感染者(陽性者)への「誹謗中傷」などにおきましても、東日本大震災での原発事故による福島県からの避難者の方々への放射能に関する「誹謗中傷」や「偏見」といったものと「同じ本質」が繰り返され続けております。
しかも、今回のウイルスに至っては医療従事者などの方々への「誹謗中傷」や「偏見」も「拡大」の様相を見せつけています。

人為的にしろ自然(界)にせよ、現象という「様々な出来事」はこれからも起こり続けるでしょうが、歴史を振り返ってみても、そこで変わっていないのは《 相変わらずの「人間」(の思いと言葉と行動) 》です。

 

これはある種、ネガティブにもポジティブにも使われる「言葉」ですが、《 「今」にみていろ!!! 》というのがあります。
そして、これも皆さんお分かりの通り、《 ここでの「今」とは、「今」ではなく、「将来(未来)」を指している 》そして《 その「将来(未来)」の為に、「今」から行動を起こす(何かを変えていく) 》という意味合いです。

 

以上のような概要です。
昨年の新型コロナウイルスの発生した直後から、「今という現状」におきましても、感染された方々、そして、医療従事者等の方々への「誹謗中傷」や「偏見」は後を絶ちません。
このように、「誹謗中傷」をする人や、「偏見」を(過度に)内に抱え込んでいる人は、

 

自らで「倖せ」を感じられていない・・・

つまり・・・

自らは「倖せではない」という事を世間に表明しているようなもの・・・

 

という「本質」が存在しております。
「自らの倖せ」とは「他の人の倖せ」を奪ったりする事などで実現出来るものではありません。
敢えて「倖せ」という「言葉」を用いましたが、この「言葉」は「人」+「幸」で成り立っております、、、