後編:コロナ禍も1年経ったが・・・ ~今後の為の振り返り(省り)~

○ 『 考え過ぎは(心と体に)毒なのか??? 』2020年10月10日掲載

《 過ぎたるは猶及ばざるが如し・・・などの言葉にもあるように・・・調和とバランスという視点が大切である 》

1つ目は《 考え過ぎというよりも、迷路(袋小路)に入って(しまって)いるが故に、(少し)身動きが取りづらくなっている状態にある 》
2つ目というのは《 「あなた」が考え過ぎているのではなく、「あなた」の「周り(の人々)」が、あまりにも考え無さ過ぎな状態にある 》

 

《 考える事を放棄している人においては、「自分を知る」事に怖れを抱えており、それが故に(必ずしも悪気ではなく)考えている「あなた」との「距離感」を保ちたい 》とのものになります。
そして、考える事を「放棄」しているとの表現については、極端である事は私も承知の上ですが、《 ここでの怖れが、当人も無自覚(無意識)のままに、(相手に対する)妬(ねた)み、嫉(そね)み、疎(うと)ましさ、煩(わずら)わしさ、などの「(極端な)感情」に自分が飲み込まれているのに「気づけて」いない 》という状態になっている(可能性が大)という事です。

《 「(極端な)感情」に「気づけて」いないが故に、自分に何が起こっているのか?という、「分からなさ」という点に更なる怖れや不安を感じてしまい、それを解消する為に(方法が分からないまま)意図した「行動」を取っている 》という事です。
言わば「誰かや何かのせいにする事で安心感を得たい」という状態になっているとも言えます。

 

「潜在意識」は「イメージ(や想像)」と「現実」とを区別出来ないという働きから、《 私達が「考えて」いるという作業そのものを、「潜在意識」は「現実」における「行動」と捉えている為に、体への疲労感などとして感じやすくなってしまう 》という「心と体の繋がり」が「反映」されてきます。
しかし《 「現実」には、何一つとして「行動」に移していないが故に、出来事や状況に変化が現れず、これも「堂々巡り」のようになって見えてくる(感じてしまう) 》という仕組みになります。

更に《 「潜在意識」では「現実」の「行動」を取っていると「錯覚」を起こしているが故に、やる気や奮起というもの(「行動」に繋がる感情)を無意識(無自覚)で「制限」させてしまう 》という点にも繋がり、これが益々「行動」を抑制していく働きとなって現れてきます。
そして《 「行動」をしない(何もしない)という事は、意外にも!?疲れやすさを生じる原因となっている 》という面が心と体の「バランスや調和」を崩しやすくする一因ともなってきます。

 

《 私達の「思考」は一瞬にして「点」と「点」を「繋げて」「重ねて」しまう(怖れもある) 》という事です。
これは、全く関連性の無い事柄同士を、あたかも強い関連性があるかのような「錯覚」を起こさせる事があるという意味です。
不謹慎で不適切な例えかもしれませんが「自殺(自死)」などの心の働きでも、時には見受けられるものですので、頭の片隅にでも良いので置いてみて下さい。

 

以上のような概要です。
このコロナ禍におきましては、「心と体」の「バランスや調和」が崩れやすくなっており、実際に心身に不調や変調を感じる方も増えております。
まず、これらは先ほどコメント致しました通り、「今という現状」そのものが「異様なテンション(状態)」である事を認識(再確認)してみて下さい。

そして、今回のコロナ禍というのも必ず収束(終息)を迎える時がやってきますが、私がとても危惧しているのは、「収束(終息)の兆し」が見え始めた頃から、「収束(終息)後」に掛けても「心と体」の「バランスや調和」を崩しやすくなる人が増えるであろうという事です。
このような状況を回避する為にも「焦らない」という点を、今一度心掛けてみて下さい、、、
これは「現実的な行動」において「場当たり的」なものに振り回されないという意味にもなります、、、