【 反面教師として 】
ところで、最初の発症時には、結果的に肺に穴が空いた状態で、大会に出場していた事になります。
また、宿泊を伴う遠征だったので、
何も起きなかった事が唯一の幸い
と、「今にして」思えば、そう言えます(笑)

ところで、当時の病室には、TVも備え付けられていませんでした。
あるものと言えば、小さな冷蔵庫ぐらいです(笑)
そして、最初の入院時は急な事でもあったので、何の準備も出来ませんでした。
そして、入院期間が比較的短かった事は幸いであったものの、ラジオやラジカセもない、
「無音」生活
を送りました。
そして、再発の診断を受けたのは、午前の外来の時でした。
故に、午後から入院の流れになりましたが、
この時の私は・・・
「無音」という退屈な生活は嫌だ!!!
と強く思っていました!
そこで、午前の診察を終え、入院する迄の間に、
一人で自転車に乗って・・・
電気屋に行ってラジオを購入した!!!
との、行動を取りました!

当然ながら、肺に穴が空いた状態で自転車を漕いでいるので、息苦しさも感じていました。
そして、この時も何も起きなかったのが幸いであると同時に、
同じく「今にして」思えば・・・
この時の私の愚かな「行動」を・・・
「反面教師」として活用!!!
して下さい!
ちなみに、当然ですが、母から怒られました(笑)

【 心と体の繋がりを実感 】
再発による二度目の入院の当初も、同じく肺に管(ドレーン)を挿管し、安静に過ごしていました。
しかし、今度は肺がなかなか膨らみませんでした。
そこで、
自分の血液を肺に流し込んだり・・・
薬剤を肺に注入したり・・・
などの、肺の穴を塞ぐ試みも行いました。
そして、他にも、
肺に空(から)の注射器を差し込み・・・
肺の中の空気を抜く・・・
という治療も試しました。
しかし、色々と治療を試すものの、なかなか上手く行かず、
私はかなりナーバス
という状態でした。
それも関係し、肺に注射器の針を刺す場面を考えている内に、
ネガティブな妄想が度を超して・・・
治療の最中に(脳)貧血で倒れてしまった!!!
という事態になりました!

そして、これも「結果論」とは言え、
この時の体験は・・・
心(想像・イメージ)と体(特に症状)は「繋がって」いる事の・・・
見事な証!!!
となりました(笑)
【 余談:親子と言えども距離感を意識する 】
余談ですが、再発時の主治医も同じく父で、注射器の針の治療を施したのも父です。
ただ、私の中では父を医師として見るのではなく、
どうしても「親子」の感覚が先走る
のが偽らざる心情でした。
勿論、医師としての父を「信頼」していなかった訳では、当然ながらありません(笑)
それどころか、他のどの医師よりも、
「一生懸命」に治療を施してくれているのも・・・
充分に「理解」出来ていた!!!
というのが事実です!
ただ、繰り返しですが、「親子」の感覚が強く生ずるが故に、
当時の私は「自己矛盾」に陥っていた!?
という事かもしれません(笑)

そして、TOPICSでは魂の視点と称し、
親子と言えども魂は別
なども伝えていますが、だからと言って、何でもかんでも「割り切れば」良い訳でもありません。
つまり、魂は別との視点に加え、
肉体の年齢と魂の年齢は違うとの視点を・・・
親子に限らず、人間関係全般に当てはめると・・・
「距離感」の指針として活用出来る!!!
という事です!
【 当たり前という幸せの実感 】
色々な治療も続ける中、肺には変わらずに管(ドレーン)が挿管されているので、
寝返りを打てないのは勿論・・・
病室から出る事も出来ない・・・
という状態が続いていました。
更に、歯を磨くのも、顔を洗うのも、
全てがベッド上でしか出来ない「行動」
になりました。
そして、週に数回は看護師さんが体を拭いてくれるものの、そのような状況が1ケ月程度は続いていました。

すると、ある日、ベッド上との「条件付き」ながらも、髪を洗って良いとの許可が出ました!
勿論、私一人では出来ないので、母に洗髪をして貰いました。
その時、
人生で初めて・・・
更に、その後の人生でも味わっていない・・・
髪を洗える事の何とも言えない「心地よさ」・・・
つまり「生きた心地」!!!
を強く感じました!
大袈裟に思えるでしょうが(笑)
ただ、1ヶ月近く髪を洗わないでいると、
皮脂で髪の毛は粘着し・・・
フケも笑ってしまうほど・・・
「地層」の如く蓄積する・・・
という状態になります。
故に、久しぶりの洗髪では、一度では汚れが落ちず、4~5回ほど洗って貰いました!

そして、肺の穴が塞がらない状態が続いていた所、父と外科の先生が話し合いを持ちました。
また、私も受験を控えている時期でもあったので、
最後の手段の手術を実施
という流れになりました、、、