私の入院体験からのお裾分け(笑) ~パート2~

第330回:『 私の入院体験からのお裾分け(笑) ~パート2~ 』

こんにちは、レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です!

ところで、前回のパート1に続きまして、今回は「私の入院体験からのお裾分け(笑) ~パート2~ 」をお届けして参りますが、もしかしたら、前回のTOPICSをお読みでない方におかれましては、前回と今回の内容におきましては「源」における「繋がり」と「重なり」も「反映」されておりますので、宜しければ前回の内容を先にお目通し頂いた方が「何か」が伝わりやすいかもしれません(笑)

と、些細な事ではございますが、一応お断りをさせて頂いた上で、早速、進めて参ります!
そこで、今回取り上げる入院体験は、私が大学2年生時の腕の骨折(一部は粉砕骨折)による二度の入院と二度の全身麻酔下での手術、そして、リハビリ体験を基にしております。
ちなみに、前回に登場して貰った父は内科医ですので、今回の医師や先生は私の父ではありません(笑)

 

では、その腕の骨折に関する「導入」部分を少しだけご紹介して参ります!
当時、私は大学の野球サークルに入っており、ある試合でピッチャー(投手)をやる事になりました。
その試合開始の第1球目を投じた所、ボキッ!!!と、その音が外野を守っていた人にまで響き渡る骨折をしてしまいました(苦笑)

これは投球骨折と呼ばれているものですが、テニスのサーブ時などでも起こる骨折でもあり、実際にメジャーリーグの投手でも起こった事があるものです。
ちなみに、前回のTOPICSをお読み頂いた方は既にご存じでしょうが、私の父は医師をしておりまして、その父も投球骨折は医学の「教科書」に載っていたので「知って」はいたが、実際に自分で「目にした」のは私が初めてであり、おそらく今後も無いであろうと話してます(笑)

また、これも余談ですが、摩訶不思議!?なもので、それほどの音がする骨折であったにも関わらず、私自身は折れた「瞬間」は全く痛みを感じませんでした。
勿論、その「直後」からは気の動転と痛みがやってきましたが(苦笑)
そして、これもちなみにですが、今回のTOPICSは第330回目ですが、この野球サークルで私が付けていた背番号は「33」です(笑)

 

と、このような経緯で見事な!?骨折っぷりをしてしまいましたが、ここで少し視点を変化させてみます!
当時、私はある方から告白をされ、その方とお付き合いをする事になりました。
ただ、そのお付き合いのお返事をした数日後に今回の骨折をしてしまい、結果的に、お返事をした後に逢う機会もないまま、私は数ヶ月間も青森に戻り入院する事になってしまいました(苦笑)

後にこの事を振り返り、大学の友人達は笑いながら、『 でも、瀬川らしいって言えば、瀬川らしいけどな(笑) 』と話しておりましたが、究極的な「タイミング」の悪さ?どこか「間」の抜けた男?などの意味かどうかは分かりませんが、

 

「自分」の事・・・また・・・「他の人」が自分をどう見ているかは・・・

「自分では」・・・

なかなか分からない(分かりづらい)・・・

 

というのは、正直に言いまして全員に当てはまっている事でしょう。
確かに当時の自分はかなりマイペース(悪く言えば自己中!?)な傾向があった事は認めますが、「自分なりに」ではありますが、「当時」よりは「今」の方が少しは成長!?しているとは勝手に思ってますが(笑)

 

このように「格好悪い自分」を見せつけた形になってしまいましたが、入院中に何度もその方はお手紙を下さり、それに私も癒やされ励まされましたが、なにせ骨折したのが「右腕」でしたので、右利きの私は、入院中は最後までお返事を出す(書く)事は出来ませんでした(苦笑)
当時は携帯電話もメールなども(それほど)「普及」していない「時代」でもありました。

ちなみに、その方とは2年弱ほどお付き合いをさせて頂いて、最後は私がフラれる事で終わりましたが、残念ながらその方は7年程前にご病気で若くして他界されてしまいましたが、今回のこのようなお話を吐露?披露?させて頂いた事に関しましては、きっと天国で赦してくれている事だろうと、これも勝手に解釈しております(笑)

また、これもちなみにですが、先ほどの大学の友人達に、ある授業での「代返」をお願いし、それをやってくれたのですが、物の見事にすぐにバレてしまい、その結果として単位は当然ながら取れませんでした!!!
「身から出た錆」や「自業自得」などの言葉もありますが、皆さんも「嘘」はやめましょうね(苦笑)

 

では、話を本筋に戻して参ります!