こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

2019年も12月に入り、皆さんにおかれましても、様々な出来事があった事かもしれませんね。
私のS.Light.Mにおきましても、私の超不得意分野!ではありますが、時代の流れに合わせ、タブレット対応へのHPのリニューアル化、また、セキュリティ対策の為の「https:」へのアドレス移行、さらに、現在は事務所の移転作業を進めておりますのと、私個人の身の周りにおいても様々な出来事があった年でもあります。

そして、12月初旬においては、振り返るには早すぎる、、、など、歌の歌詞に出て来そうな頃合いなのかもしれませんが(笑)、

 

振り返るには・・・遅すぎる・・・

と言うより・・・

あまりにも・・・振り返り無さ過ぎてきた・・・

 

というのが、現在の世の中や社会の現状を見渡した際の、私個人の率直な感想でもあります。
そして、これはひとえに、

 

私自身も含めた・・・

私達一人一人の・・・

「怠惰」の現れ・・・

 

に原因があるようにも感じています。
そこで、今回は「「思い・言葉・行動」の繋がりと重なり」というテーマをお届け致しますが、もしかしたら、中には、偉そうに!上から目線で!と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これは、私個人における「自分自身」への「叱咤(激励)」の思いも込められておりますのと、

 

究極的には・・・手遅れなどは存在しない

 

という側面も含まれておりますので、振り返りと共に、皆さんなりの「今、ここから」を自由に考える素材として頂ければ幸いです!
そして、ここからご紹介して参ります事例というのは、

 

気づかなければ・・・

何も変わらない(変わっていかない)・・・

と言うのみならず・・・

これから先は、(気づかなければ、あるいは、気づいても行動に移さなければ)更に悪化する怖れがある・・・

 

という事象を含め取り上げて参ります。
つまり、このような事柄は、2019年が過ぎ去れば、自然と改善されていくものでは全く無い!という反映の事象でもあります。

 

では、まず最初に、どうしても避けては通れない政治の場面での出来事です。
今年も様々な辞任なども含め、個別具体的に取り上げようにも、色々あり過ぎて分からなくなる程の、様々な出来事が政治の場面でも起こっていた年でもあります。

そして、その都度、説明責任を果たす、あるいは、真摯な対応などの「言葉」を、「耳にタコ」が出来る位に聞かされ続けてきましたが、結局は、

 

何の説明も対応もしないという「(不作為という)行動」に現れており・・・

詰まる所、この源は・・・

何も自分は悪くないという「思い」から発しており・・・

「言葉」だけを取り繕っておけば、逃げ切れる・・・

 

という「思い・言葉・行動」の不一致の最たるケースとなっています。
そして、最初に政治の場面を取り上げたのは、皆さんもご存じの通り、公文書等における嘘から始まり、改竄、破棄、挙げ句の果てには、

 

記録そのものを取らせないという・・・

全ての存在を無かったものにしようとしている・・・

(人間そして魂における)劣化の最たる現れ・・・

 

であるからです。
そして、自分にとって不都合なもの(存在)を無きものにするという「行動」の現れが、「戦争」という事象に容易に結び付いていきます。
勿論、これはこの先に取り上げるイジメやパワハラ等の問題でも「根っこ」は一緒です。

また、政治の場面においては、政策などの考えや意見の相違というのはあって然るべきものではありますが、現在は、そもそもの「駄目なものはダメ!」という姿勢やスタンスが失われてしまっている反映を見せられている状況です。
そして、特に、

 

「思い・言葉・行動」のネガティブな側面の一体化が・・・

具象化され実体を持ち・・・

幅を利かせている・・・

 

のが、政治の場面のみならず、現在の世の中や社会の様々な分野においても頻繁に見られる、、、と言うより、蔓延化してしまっているのが、残念ながらも今の日本の実情です。

そして、ここで今回のTOPICSの趣旨をお伝え致しますが、それが、

 

「思い・言葉・行動」を・・・

あなたなりに読み解くことで・・・

様々な気づきがもたらされる・・・

 

というものです(笑)

そして、先ほどの政治の場面では、「繋がり」の部分をご紹介しておりますが、これから先の事例においても共通してくる「重なり」の部分には、今の所は敢えて触れておりませんので、この先にご紹介する事例などからも、皆さんなりに「重なり」を意識して読み進めてみて下さい。
ちゃんと最後に、その「重なり」に繋がっていくようコメントもして参りますので(笑)
では、先に進めて参りましょう!

 

次は、これも未だに止む気配を見せない、スポーツ関連の協会等における、理事や指導者などとアスリートとの問題です。
そして、協会等における記者会見などを見ていると、そのような(アスリートが告発している)事態は断じてない、そのような趣旨で発言したのではない、などの様々な弁解が見受けられますが、これも、

 

「言葉」では様々な理由を並べ立ててはいるが・・・

その「思い」と「行動」には・・・

自らの保身や権力維持の為などの「真の動機」が透けて見えている・・・

 

というのが実情です。
特にスポーツの世界においては昔から、良い意味も悪い意味も含めて、上下関係を重んじるという風潮が存在し(ちなみに、私も剣道・野球・バドミントンと体育会系を経験済みです(笑))、これが協会等の組織にあっては「上意下達」とも呼べる、

 

目上の人の意見に逆らう事は・・・

(旧来の)スポーツマン精神に反しており・・・

ひいては・・・

アスリートは黙って従っていればいいのだ・・・

 

などの、

 

(その人の意思に反して)コントロールしようとしている

 

という事の現れとなっています。
そして、ここでも、

 

「思い・言葉・行動」のネガティブな側面の一体化が・・・

パワハラやモラハラなどの事象と結び付いてる・・・

 

というのは、次の事例における会社や職場環境と「重なって」きます。

では、得てして問題が起こりがちになる会社や職場環境においては、その原因も経営者や上層部の「独善(独りよがり)」に行き着く傾向が多々あります。
そして、このような問題のある経営者や上層部は、

 

「言葉」ではお客様の為と言いながら・・・

その「思い」と「行動」は・・・

「裏腹」なものとなって現れている・・・

 

という現象が見受けられます。
それであるが故に、

 

社員の人々は・・・

方向性(初心)を見失ってしまい・・・

全てにおいて経営者や上層部の意向が優先(反映)される為に・・・

何を言っても変わらない・・・

という「諦め」に繋がってしまう・・・

 

というムードの暗い、エネルギーの停滞した会社や職場環境になってしまっているというものです。
そして、このような風潮は、ここ数年よく見聞きするようになった、

 

今だけ、金だけ、自分だけ

 

というフレーズにも現れています。
そして、このような仕事上における風潮が蔓延している事により、いつまで経っても景気回復などの兆しを感じられない経済の世界を創り上げてしまっている側面とも繋がっています。
そして、先ほどのスポーツの世界と同様に、

 

「思い・言葉・行動」のネガティブな側面の一体化が・・・

パワハラやモラハラなどの事象として・・・

(それを可能にするのが)「力がある者の象徴」という「誤った幻想」として創り上げられてしまっている・・・

 

という事と結び付いています。
そして、このような事は、逆に会社の外側とも呼べる消費者の側から行われている、根拠も無く、また、嫌がらせや無理難題とも思えるような過剰なクレーム(クレーマー)をも同時に産み出してしまっています。

 

では、次はイジメへの対応を見てみます。
これもスポーツにおける協会等と「重なって」いますが、イジメなどの記者会見では教育委員会やその学校の校長や教頭などが対応に当たるケースをよく目にします。

そして、調査をしたがイジメの認定には至らなかったなどの事例もありますが、最近では、そもそもイジメの調査に着手するだけの前提を感じなかったという理由で、調査自体を行わない「不作為」というのが問題になっているケースの方が増え続けているように感じます。
そして、これも、

 

イジメを無くそう、イジメは絶対にダメ、などの「言葉」やスローガンを掲げていながらも・・・

面倒くさい、あるいは、厄介事に関わりたくない・・・

という「臭いものに蓋をする」を代弁するかのような「思い」と「行動」の現れ・・・

 

となってしまっています。
このような事は、社会全般に当てはまっている事ではありますが、特に教育の世界においては、

 

子どもは常に・・・大人の姿勢を・・・見ている(見抜いている)・・・

 

という視点が、大人側から「欠落」してしまっている証でもあり、子どもだから何とでも大人の言う事を聞くだろう、、、という大人側の「傲慢さ」の現れともなっています。

 

そして、子どもに関する事柄では、躾(しつけ)と体罰というテーマも関係してきますが、現在、この躾と体罰に関するガイドライン(基準)案の作成が行われているそうです。
その前に、虐待に関しては全く認められる余地はありませんが、

 

虐待も・・・「思い・言葉・行動」のネガティブな側面の一体化

 

である事は、もうお分かり頂けるかと思います。
では、躾と体罰についてはどうかと考えてみると、

 

躾と体罰に関する・・・

大人側の「思い・言葉・行動」と・・・

子ども側の「思い・言葉・行動」との間に・・・

出来るだけ「齟齬(隙間)」を無くしていく・・・

という方向性を「常に」探る必要がある・・・

 

という視点を持ち、あるいは、「加味」する事が大切になります。
そして、「常に」というのは、人それぞれの状況や環境や考え方や感じ方には「差異」があるという意味です。
その為の取り掛かりの一手法として、ガイドラインなどを考えるという事も大切であり役立つ事もあるかと思いますが、ここでは、

 

やはり・・・

「手間」を惜しまない・・・

つまり・・・

より「丁寧さ」が求められる・・・

 

という視点が絶対的に必要になります。
そして、ここでも、もうお気づきかもしれませんが、途中で私が「「重なり」を意識して読み進めてみて下さい」とコメントした箇所に一番合致してくる(より理解しやすくなる)のが、

 

躾と体罰に関する・・・

大人側の視点と・・・

子ども側の視点とを・・・

(出来得る限り)「重ね合わせる」という姿勢が光明をもたらしていく・・・

 

という側面に繋がっています。
そして、これは、今回の事例として取り上げた、政治の場面、スポーツの世界、会社や職場環境、イジメ問題とも「重なり合って」います。

政治では政府と国民の「多種多様」な重ね合わせ、スポーツでは指導者とアスリートとの「目的意識など」の重ね合わせ、会社や職場環境では「社員もお客様の一部である」という重ね合わせ、イジメ問題では「大人の社会で行われているイジメの反映」という重ね合わせ、、、など、色々と読み解く事が可能です。

そして、ここまで取り上げて来た事例の全てが、

 

自然現象などの性質では全くなく・・・

「人間」が自らで引き起こしている諸問題・・・

つまり・・・

「コミュニケ-ション」に関係している事象・・・

 

という点もご理解頂けるかと思います。
ちなみに、政治の場面でのコミュニケ-ションの代表例は「選挙」です。
そして、

 

「思い・言葉・行動」の不一致が見られる場合には・・・

「真の動機」は・・・

どこにあるのか・・・???

 

という、「更なる繋がりと重なり合い」を活用すると、より容易に読み解く事が可能になります。
そして、この際に更に役立ってくれるのが、「違和感」などの「あなた自身の感覚・感性」です。
なので、様々な視点を取捨選択しながら、ドンドン「あなた自身の感覚・感性」を研ぎ澄ませてみて下さい!
そして、もし仮に、間違っていた場合には、ちゃんと謝ればそれで良い事ですので、同時に、怖れないという点も意識してみて下さい(笑)

 

では、今回のここ迄のTOPICSの内容では、私には珍しく?「断定口調」も活用して参りましたし、かなり厳しめ?穿った視点?と感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、今回このように進めてきた原動力は、私の中の「怒り」でもあります(笑)
そして、これも何度もお伝えしておりますが、「喜怒哀楽」とは自然なものであるという「私自身への当てはめ」ですので、幾分かでもご理解頂ければ幸いです(笑)

 

そして、ここ迄において、「思い・言葉・行動」の繋がりと重なりを、事例を通して見てきましたが、それが「コミュニケ-ション」にも関係しているという所までは辿り着きました。
そして、この「コミュニケ-ション」とは「他者」のみならず「自分自身」とのコミュニケ-ションも当然ながら含まれております。

すると、今回の視点は「心と体の繋がり・重なり」という視点とも、「更に重ね合わせる」事も可能になります。(笑)
では、少しだけ、この「心と体」に関係する「重ね合わせ」のケースをご紹介してみます。
そこで、最初に、

 

「思い」 = 「心」

「言葉 + 行動」 = 「体」

 

と捉えて頂ければ理解しやすくなるかもしれません。

まず、逆走などから始まり、事故も起こっている高齢者運転のケース(勿論、事故などに関しては年齢の高低によるものばかりではありません)ですが、特に運転免許証の返納に関しては、話し合いなどをすると、ご家族などによっては、気まずい雰囲気になったり、険悪な空気になってしまうケースもある事と思います。

 

そこで最初に、「心と体の繋がり」においても、年齢を「重ねて」くると「反応(速度)」などでは今までと違いが出て来るのは事実でもあり、これはある種の「(肉体を携えている人間としての)宿命」とも呼べるものであり、受け入れざるを得ない面は含まれています。
そして、運転免許証の返納においては、

 

「相手(ご家族等)」とのコミュニケーションも大切であるが・・・

やはり・・・

(高齢者という)当事者である「自分自身」とのコミュニケーションも必ず必要になる・・・

 

という大前提があります。
そして、この場合には、

 

「相手」となるご家族等においては・・・

「待つ(考える時間を与える)」という事も必要・・・

 

になります。
そして、「待つ」と言うコメントをすると、ご家族等の中では「でも、待っている間に取り返しのつかない事故を起こしてしまったら責任取れるの?」などの反論も出て来る事でしょうが、これは「取り違えた自己責任(論)」に繋がっていますので、そのような際にも、やはり、ご家族等たる皆さんが「自分自身」とのコミュニケーションを深く取った上で、もう一度考えてみて下さい。

なお、あおり運転は、先程から出て来ている、「「思い・言葉・行動」のネガティブな側面の一体化」である事は論を待ちません。

 

そして、次の事例としては、行き過ぎたアンチエイジングが当てはまります。
なお、これは、若々しくありたい!健康でいたい!などの「思い」を否定するものではありませんし、美容整形やサプリメントの摂取などの是非に言及している訳でもありません。
あくまで「行き過ぎた」という条件付きです(笑)
では、「行き過ぎた」という意味ですが、

 

行き過ぎというのは・・・

心と体の調和とバランスを崩すキッカケにも繋がり(やすく)・・・

最終的には・・・無意識の上で・・・

心と体の「両方」に「無理を強いる」状態に行き着き・・・

しかも、無意識であるが故に・・・

心と体に「無理を強いている」事に気づきづらくなっていく・・・

 

という面が現れてきます。
特に日本では「多剤服用」における「副作用(副反応)」の問題が取り上げられる事は少ないですが、ここには、サプリメントの摂取も多く占められているという研究結果も報告されています。

ちなみに、「多剤服用」という言葉を出しましたが、肉体の病気や精神の病気においても、やはり今の日本では、どうしても「体」のみに焦点を当て過ぎて、「心」の部分は置き去りにされている感を私個人としては強く懸念もしております、、、

 

ちなみに、今回は政治の場面を取り上げましたので少しコメント致しますが、政治家に疑惑が浮上して、国会などから姿を消すと(雲隠れ?)、決まって出て来る診断名は「心の病」に関するものばかりです。
勿論、ほとんどの方々が薄々感づいている事ではありますが、これも「真の動機」を見ると、十中八九(じゅっちゅうはっく)、いえ、それ以上に読み解く事が可能です。

ただ、これは本当の「心の病」に苦しんでいたり、そこから改善しようと懸命に治療などに取り組んでいらっしゃる方々への侮辱でもあり、大変に失礼な態度となっているのも、私の中での「大きな怒り」にも結び付いておりますが(苦笑)

 

と、まあ、今回は私の「怒り」を原動力にし、色々と好き勝手な事をコメントさせて貰いましたが、特に前半の事例においては、このTOPICSでも「口が酸っぱくなる」ほど繰り返している、

 

(不作為も含め)自分のした事は自分に反ってくる

 

という意識を持つだけでも、充分に防ぐ事が可能ですし、予防のみならず、この視点を活用する事で、色々と変化を遂げて行く為の「素地」ともなっています(笑)

そして、私の「怒り」ついでに、最後に一言だけですが、

 

「嘘」とは・・・どれほど・・・

丁寧に、、、丁寧に、、、丁寧に、、、

真摯に、、、真摯に、、、真摯に、、、

説明しようとも・・・

「嘘」である事に変わりは無い!!!

 

ものであります(笑)