こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、2019年の冬至は12月22日に該当しておりますが、早いもので、今年も「冬至という初夢に贈る物語(メタファー) ~パート4~」をお届けする頃合いとなって来ました(笑)

このテーマは、私がABH(米国催眠療法協会)のトレーナー認定修了試験において活用した、5つの物語(メタファー)の内の一つであり、今年がその4つ目の素材となるものです。

そして、冬至前後にこのような物語(メタファー)をお届けしている理由は、初夢という素敵なエナジーというのは、新年に入っていきなり湧き出て来るものではなく、この冬至の前後の頃合いから、徐々に徐々に、、、馴染ませるように馴染ませるように、、、溢れ出てくるものと言われているからです(笑)
そして、

 

物事や出来事というのも・・・

時の経過と共に、自然と(勝手に)変化していくものではなく・・・

自らの「思い・言葉・行動」と密接に繋がっている・・・

 

という視点も含めお届けして参りますので、どうぞ、皆さんの自由な感性や感覚で、楽しんで受け取ってみて下さい!

では、今年お届けするお話は、小説家であり児童文学者であった、鈴木 三重吉 氏(1882年~1936年)の『岡の家』より「丘の上の金色の窓」を素材としておりますが、今回の内容は、先ほどコメント致しました、トレーナー認定修了試験の為に活用したものですので、原文通りではなく、私の方で少しアレンジしておりますのでご了承下さい。
では、物語(メタファー)の始まり~始まり~!!!

 

『 丘の上にある貧しい家に、小さな男の子と、その両親が仲良く暮らしていました。
  男の子は毎日お父さんと一緒に山の仕事に出かけて、一生懸命お手伝いをしています。
  休みなくお手伝いを続けるのですが、夕方になると、1時間だけ自由に遊んでもいい休憩をお父さんは与えてくれました。

 

  その夕方の自由時間がくると、男の子は毎日決まって、家の後ろにある小高い丘の上に出かけていました。
  なぜなら、その丘の上から、はるか向こうの丘を眺めると、その丘の上にはとても綺麗な金色の窓のある家が見えたからです。
  男の子は、その金色の窓がとても好きで、夕日が沈む頃になると、しばらくの間、キラキラとまぶしいほどに光っているのです。

 

  それを眺めていると、そのうちに、その家の人が扉を閉めるのか、急に光が消えてしまいます。
  男の子は、夜がやってくるから金色の窓も閉めるのだろうと思い、自分の家に帰っていくのでした。

 

  そして、ある日、男の子のお父さんが、毎日よくお手伝いをしてくれるご褒美として、一日の自由な時間をくれました。
  男の子はとても喜んで、毎日夕方に眺めている、丘の向こうの金色の窓のある家に行ってみようと出かけました。
  丘を下っていく足取りも気分も軽く、疲れると木の実を取って食べたり、綺麗な小川の水を飲んだりしながら、楽しみに歩いて行きました。
  そして、今まで眺めていた丘を登って、ようやく目的の金色の窓のある家に辿り着きました。

 

  しかし、間近で見るその家の窓は、自分の家と変わらない窓で、金色のガラスでもありませんでした。
  男の子は楽しみにしていただけに、とてもガッカリしてしまいました。

 

  それでも、せっかくの自由な時間を貰えたのだから、男の子は勇気を振り絞って、その家のおばさんに事情を話してみた所、そのおばさんは優しい微笑みで、『おばさんの家は貧乏だから、金色の窓なんてありませんよ。』と男の子に話しました。
  その家には、男の子と同じ年くらいの女の子がいたので、おばさんは女の子と遊んでおいきよと言って、娘を紹介してくれました。

 

  女の子を見ると、自分と同じように裸足で、着ている服も質素なものでした。
  二人はおばさんから貰った果物を食べたり、自分の家で飼っている動物の話などをしたりして、とても仲良くなりました。

 

  そこで男の子は女の子に金色の窓の家の事を話しました。
  すると女の子は、

 

  「 私も毎日見ているよ。

    でも、それはここではなくて、ずっとあっちの方。 」

 

  と男の子を案内してくれました。
  女の子は、

 

 「 ほら、ちょうど、あっちの方に見えるよ。 」

 

  と向こうの丘を指さしました。
  すると、確かに女の子の指さす方には金色の窓のある家が見えるので、男の子はビックリしてしまいました。

 

  それは、向こうの丘の上にある、自分の家だったのです!!!

 

  男の子は女の子と別れて、夕日の中を自分の家に向かって走り続けました。
  そして、自分の家の前に辿り着き、家の窓から中を覗くと、ランプの灯りや暖を取る薪(たきぎ)、そして、お母さんが作ってくれた夕食がテーブルの上で男の子を待っていてくれました。

 

  そして、その夜、男の子はお父さんとお母さんに、嬉しそうに今日一日の楽しい出来事を話して、こう言いました。

 

  「 僕たちの住んでいるこの家にも、金色の窓が付いているんだよ!!! 」 』

 

と、、、
では、物語(メタファー)はここで終了です(笑)

今回も「皆さんの自由な感性や感覚」を味わう事が大切ですし、様々な受け取り方などがあって良いものでもありますし、それはとても自然な事でもあります。

 

なお、最近では特に「偏向?」な見方をされるケースもありますので、一言お断り致しますが、物語(メタファー)の中における、「家族」や「両親」(が揃っているなど)についての視点をお届けしている訳では決してございません。
これも人それぞれの環境や状況というのは「違い」があって当然な事でありますし、そこにあるのは「差異」であって「優劣(など)」は存在しておりませんので!

また、休憩時間が1時間とはブラック労働じゃないか!などのご意見が、もし仮にあるとしても、あくまで今回はそのような趣旨でもなく、作者の方が生き抜かれた時代背景(1882年~1936年)という事情もありますので、どうぞご理解下さい(笑)

 

そこで、「皆さんの余韻」を台無し?にしてはいけまんせんが、少しだけ、私なりの視点を囁(ささや)かせて貰います(笑)

なお、このTOPICSを継続してお読み下さっている方々におかれましては、お気づきになっているかどうかは分かりませんが、ここ最近のTOPICSでは、出来得る限り「繋がり」を持たせようと、「前回のTOPICSでは、、、」などのコメントもして来ております、、、

では、私なりの視点の幾つかをご紹介して参ります!
まず、一つは、

 

「主観」と「客観」

 

という視点です。

 

男の子は、(自分の家の方から)女の子の家を「客観」で眺めている事で・・・

キラキラと輝いている事に「気づき」ました・・・

しかし・・・

 

女の子の家まで行って「主観」で眺めて見ると・・・

女の子の家には金色の窓が無い事にも「気づき」ました・・・

 

そして、逆に、

 

男の子は、(女の子の家の方から)自分の家を「客観」で眺める事で・・・

自分の家もキラキラと輝いている事に「気づき」ました・・・

 

そして、私の視点として何よりもピン!!!と感じるのが、

 

男の子は自分の家に戻り・・・

自分の家を「主観」で眺めた時にも・・・

 

自分の家がキラキラと輝いていて・・・

金色の窓が付いている事(という象徴)に「気づけた」!!!

 

というものです(笑)
これは表現を変えると、

 

既に「自分の中にある(持っていた)」素敵な要素に・・・

「気づけた(想い出した)」!!!

 

という面を「物語って」いるのかもしれません(笑)
そして、私達はコミュニケ-ションにおいて、

 

「相手」を「客観」で捉えており(それに慣れている)・・・

「相手」を「主観」で捉える(相手に成りきる)のは(完全には)不可能でもあるが・・・

しかし・・・

「想像力」を活用すると・・・

(完璧とまではいかないにせよ)「相手」のかなりの部分を「主観」で捉える事も可能になる・・・

 

という側面があります。
そして、

 

「自分自身」においては・・・

「主観」も「客観」のどちらも・・・

活用する事が可能・・・

 

であるのは、皆まで言うな!?かもしれません(笑)
そして、やはり、ここでも、

 

「主観」か?・・・「客観」か?・・・

という「二者択一」ではなく・・・

「主観」も・・・「客観」も・・・

「両方」を活用出来る(活用して良い)!!!

 

という視点に行き着きます。
そこで、私は以前のTOPICSにおいて、2019年のキーワードの一つとして「3」という数字を取り上げました、、、
ここ迄でお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、

 

「主観」を活用するのも・・・

「客観」を活用するのも・・・

それを「可能」にするのが・・・

「あなた」であり「私」という存在・・・

 

です(笑)
そして、

 

行き過ぎた「客観」というのは・・・

(行き過ぎた)「無関心」に繋がりやすくなり・・・

 

行き過ぎた「主観」というのは・・・

行き過ぎた「〇〇ファースト(など)」に行き着いてしまう・・・

 

ものです。
これが前回のTOPICSでご紹介致しました、

 

今だけ、金だけ、自分だけ

 

という風潮が蔓延化している理由でもあり原因ともなっています。
そして、

 

「主観」にせよ「客観」にせよ・・・

それを活用するのは・・・

「あなた」でもあり・・・

「私」でもあり・・・

 

ここに・・・

「調和とバランス」という視点を「加味」する事が必要になってくる(役立ってくれる)・・・

 

という事になります。
これは、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」や「帯に短し襷(たすき)に長し」などと言われているものと同じ事です(笑)
そして、何故、このような風潮が蔓延化してしまっているのか?の理由が、

 

「余裕」を見失ってしまっている・・・

 

からでもあります。
そして、先ほどの「3」というキーワードですが、

 

「3」とは・・・

「創造の源」となり得るものではあるが・・・

ここに辿り着くには・・・

「調和とバランス」という視点が前提(過程)ともなる(あるいは、欠かせない)・・・

 

という、ある種の仕組み?法則?みたいなものかもしれません(笑)
そして、今回の物語(メタファー)の男の子は、

 

丘の向こうに行ってみよう!との・・・

「思い」を「行動」に移し・・・

しかも、その「道中」をも・・・

ワクワクして「楽しんで」・・・

「歩」を進めていた・・・

 

というのも既にお分かりかと思います(笑)
さらに、

 

男の子が自分の家に戻り・・・

「主観」で見た時にでも・・・

金色の窓という「幸せの源」に気づけた!!!

 

という点もさる事ながら、おそらく、、、

 

男の子は・・・

女の子の家の金色の窓に象徴される・・・

女の子の家における「幸せの源」も・・・

「想像力」を活用して気づけた!!!

 

というのが、私自身の視点の内の一つでもあります(笑)
そして、このような視点においては、正しいも間違っているも全くありません、、、弁解でも言い訳でもありませんが(笑)
そして、

 

自分なりに様々な視点を増やしてみる(との姿勢を持ってみる)と・・・

「潜在意識」は自然と様々な学びを(無意識の上で)し続けてくれるようになり・・・

 

これが・・・よく言われる・・・

「自分の中」の「引き出し」を増やす・・・

 

という仕組み?法則?の働きの「姿」でもあります(笑)