動物実験の是非を魂の視点から考えてみます ~本質を避けると視野が狭まる~ 

【 魂の進化論から 】

魂の視点で動物実験の是非を考えると、その結論は、

 

動物実験は「非」

 

になります。

では、何故、「非」であるのかを考えます、、、

 

 

一つ目は、「ペットなどの動物の魂はどうなっているの?」で取り上げた、「魂の進化論」からです。

魂の進化の過程は、

 

鉱物(霊) → 植物(霊) → 動物(霊) → 人(霊) 

 

という流れです。

そして、魂の進化は、

 

宿る対象(鉱物・植物・動物・人)が進化するのではなく・・・

宿っている魂(霊)の視野としての進化・・・

 

という視点です。

 

そして、人(霊)は「万物の長」と言われますが、この本来の意味は、

 

人(霊)は、あらゆる生命の最高位に「君臨」しているのではなく・・・

人(霊)は、他の魂という生命の進化の「お手本」となるべく存在している・・・

 

という事です。

 

 

【 三位一体という視点から 】

二つ目は、「スピリチュアルの本質&そこに神は存在するのか?」で紹介した視点です。

この回のテーマは、キリスト(教)の「三位一体」をモチーフにし、

 

「父(自然法則)」と「子(自分・自我)」と「聖霊(自分以外の、人間や動物や植物などの生命)」

 

という視点を伝えました。

そして、この「三位一体」を「私・自分」という一つの個体(個性)に当てはめると、

 

(精神)」と「(肉体)」と「(霊)」

 

と呼ぶ事が可能となり、

 

三位一体の「三(者)」は、本質的に全く同じもの

 

との解釈が出来、

 

私達「人間」は、「心(精神)」と「体(肉体)」と「魂(霊)」のように、それぞれが個別に分離して存在出来るものではなく・・・

私達「人間」は、この「三(者)」の全てが溶け合って(融合して)こそ、初めて「人間」として存在出来る・・・

 

と伝えました。

 

 

そして、この視点を動物実験に当てはめると、

 

「人間」と「動物」の双方を比較すると・・・

それぞれの「心(精神)」と「体(肉体)」と「魂(霊)」という「三位」は・・・

どれも「一体」ではない(一致していない)・・・

 

という点が導かれます。