第382回:『 Xジェンダーと性別ゼロ(後半) ~多様性が生み出す新たな少数派にも目を向ける~ 』
【 その他参照ワード:トランスジェンダー、シスジェンダー、LGBTQ、性同一性障がい 】
S.Light.M(カウンセリング・ヒプノセラピー・レイキヒーリング・各種セミナー&認定講座)の瀬川です!
早速ですが、前回の続きです!
そして、今回も番組『 僕が性別 “ゼロ” になった理由(わけ) 』(NHK BS1スペシャル)を眺めていきます。
そこで、最初に、
世代が「上がる」につれて、(トランス)ジェンダーへの目は厳しくなる
という傾向があります、、、
【 時代が影響する 】
八代みゆき さんは、番組放映当時「95歳(1925年生まれ)」です。
男性として生き続け、「78歳」の時にカミングアウトしました。
八代さんは、幼い頃から自分が「男の子」である事に、ずっと違和感を持ち続けていました。
当初は、男の子と野球をして遊んだりしたものの、女の子と一緒にいる方が気持ちも落ち着き、次第に女の子と遊ぶ方が多くなっていきました。
このような側面から、自分が(現在の)性同一性障がいである事に、薄々気づいていきます、、、
ちなみに、八代さんが「男子校」の同窓会に参加した場面では、話が次第に八代さんへの嫌悪や賛否や是非に向かい、場の空気や雰囲気が崩れていきました、、、
そして、後日、空雅(たかまさ)さんが八代さんを訪ねると、八代さんは幼い頃の当時の「時代背景」などを交え、色々と話します。
八代さん:
『 (当時は)戦前で軍国時代でした。
そんなこと(性同一性障がいであること)はもう大変、特に男の子にとってはそんなことを口にするだけでも大変な事と思ってね。
なるべく人には言わないということで黙ってばかりいたものですからね、学校の先生にちっとも覇気が無いって言われたんです。
覇気が無いんじゃなくて、うっかりしゃべるとみんなにやられるし、それこそなんて言うんでしょうね、変な目で見られるからって事で、まぁ、そんな状態だったんですよね。 』
【 女性と結婚するものの 】
八代さんは、太平洋戦争が始まると軍に招集されました。
そして、戦後はチェリストとして活動し、同じ音楽仲間の女性と結婚しました。
ただ、自分のこと(性同一性障がいであること)は黙ったままでした。
八代さん:
『 今みたいにですね、性同一性障がいとかって、そういった病名が全くなかった。
ひとつの精神的疾患とか精神病とかですね、あるいはヒステリーと言いますかね、つまり、あのぉ、精神的なものの欠陥であるという事でしたね。
だから諦めの人生だったんです、ドンドン、、、
自分の気持ちは誰にも言えないし、言っても分からないし、変な顔して見られるだけだから。 』
【 女性として生きる選択と決断 】
そして、「78歳」の時に手術を受け、戸籍も変え、女性として生きる「選択と決断」をしました。
八代さん:
『 やっぱり非常に、逆に違和感がずっとあったという事ですね。
みなさんの社会に私自身が溶け込めない、入り込めない。
なにか常に疎外感があるんですね。
まぁ、大きく言えば90年も経って、体全部が変わったという事でもって、すごく安定、心も安定するし、もう、ある意味では、もう自分自身っていうのも全く悔いが無いって言いますかね。
まぁ、本当に不思議として戸籍が変わって良かったなと思ってます。 』
そして、法律的な理由から「離婚」し、(元の)妻と「養子縁組み」をしました。
そして、現在も変わらずに、一緒に暮らし、過ごしています。
話を聞き終えた空雅さんは、「八代さんが輝いて見え、将来は自分もそうありたく、エネルギーを貰った」と話していました、、、