「やってる感」と「やった感」の違い!? ~私の受験体験から(笑)~

【 他者の「やった感」も活用出来る 】

言葉を変えると、2浪目は「切羽詰まった」状況と心境でした!

故に、年明け前に受験出来る大学も含め、10数校ほど受験しました。

そして、当然ながら不合格の大学もあったものの、希望する大学に入学する事が出来ました!

 

そして、2浪目の生活は、

 

私の「思い・言葉・行動」の(ほぼ)全てで・・・

「やった感」を(それなりに)実現出来た(貫く事が出来た)!!!

 

と、手前味噌ながら感じます(笑)

 

 

そして、「やった感」を味わえるほど頑張ったとしても、全てにおいて「結果」が伴うものでは無いでしょう、、、

ただ、

 

「後悔」しないように・・・

(出来る範囲内の)「最善」を尽くすは・・・

(年齢などに制限されず)誰にでも「出来る」!!!

 

というのが事実であり真実です!

 

そして、ここ迄は私の拙い経験を交えた内容でしたが、

 

「自ら」の「経験と時間」が「糧」となるのは然り・・・

「他者」の「経験と時間」も・・・

「自ら」の貴重で大切な「糧」にする事が出来る!!!

 

のも事実であり真実です!

 

 

【 自分なりの「倖せ」を考える 】

現在のコロナ渦に限らず、経済的な事情などからアルバイトや奨学金を受けつつ、受験代や学費を捻出する人もいるでしょう、、、

また、何かの事情で学業を断念せざるを得なかった人もいるでしょう、、、

 

そして、今回のテーマは受験に限るものでは当然なく、更に私一人の経験でも毛頭なく、

 

「倖せ」とは・・・

文字通り、「人」の支えがあって成り立つもの!!!

 

という事です!

そして、

 

「主体性」「受け身」「やってる感」「やった感」の全てが経験であり・・・

あなたの「想像力」を活用して・・・

あなたの倖せを「考えて」みて下さい・・・

 

 

【 「今だと」理解出来る事もある 】

受験に際し反対という意味ではなく、次の趣旨を父から言われた事を憶えています、、、

それは、「当時」私は受験出来るのであれば、何校でも受けたいと話しました。

それに向けて父は、

 

仮に複数合格しても、入学出来るのは1校だけで・・・

合格しても入学する気が最初から無いのならば・・・

そこは受験しない方が良いと思う・・・

 

なぜなら、その学校に本当に入学したい人が・・・

入学出来なくなるから・・・

 

勿論、同じく「当時」の私は、

 

そこまでの「考え」に至らず・・・

「納得」も出来なかったが・・・

少なくとも「今の」私には・・・

父の言わんとする趣旨が「理解」出来ている・・・

 

と、これも手前味噌ながら感じます、、、

 

 

そして、勉強するのは自分以外に存在しませんが、経済面も含め、

 

勉強(「経験と時間」)に専念させてくれた両親には・・・

とても「感謝」している!!!

 

と、「今では」素直に感じます!

 

【 余談:何故、受験の夢を見る???  】

大学生活が始まった当初は、受験地獄の夢をよく見ました(笑)

そして、次第に見なくなったものの、ここ10数年ほどの間、年に1~2回見る夢があります、、、

 

その夢が、

 

「今の私」が「当時」通っていた大学へ・・・

「入り直す」為の受験をしている!!!

 

というものです(笑)

 

 

勿論、夢の中では、一度入学して卒業した大学に再度受験するのは、

 

とてもオカシナ事と・・・

充分に理解出来ている・・・

 

のです、、、

 

しかし、夢の中の私は、

 

「過去」に培った(身に付けた)知識などを・・・

「今」どこまで憶えている(合格出来る)だろうか???

 

と、不安や焦りで「悶々」としている状態です!!!

夢占いを出来る人がいれば、教えて下さい(笑)

 

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