では、その2つ目というのは、
「あなた」が考え過ぎているのではなく・・・
「あなた」の「周り(の人々)」が・・・
あまりにも考え無さ過ぎな状態にある・・・
とのものです。
そして、ここには一つの大切なポイントが含まれています。
それが、
「考える」という事は・・・
「自分を知る」作業をしているという事!
になります。
このような流れから、
考える事を放棄している人においては・・・
「自分を知る」事に怖れを抱えており・・・
それが故に・・・
(必ずしも悪気ではなく)考えている「あなた」との「距離感」を保ちたい・・・
とのものになります。
そして、考える事を「放棄」しているとの表現については、極端である事は私も承知の上ですが、
ここでの怖れが・・・
当人も無自覚(無意識)のままに・・・
(相手に対する)妬(ねた)み、嫉(そね)み、疎(うと)ましさ、煩(わずら)わしさ・・・
などの「(極端な)感情」に自分が飲み込まれているのに・・・
「気づけて」いない・・・
という状態になっている(可能性が大)という事です。
これが、
相手が意図して創り出している・・・
(あなたとの)コミュニケーションの欠如(拒否)
として具体的に現れてしまっている事により、(あなたの方においては)疎遠にされている、無視されている、辛く当たられてくる、などの状況として感じてしまうという事になります。
勿論、中には明確な「悪意」を持って、そのような振る舞いをする人がいるのも事実ですが(苦笑)
また、今風に表現しますと、
何かあの人・・・「意識高い系」って見せようとしてて・・・感じ悪くない!?
などの「揶揄」も当てはまるかもしれません(笑)
ただ、このような疎遠や無視されるなどの状況は、とても辛く苦しいものであるのはその通りですし、このような際に「自分が考え過ぎなのでは(自分に非があるのでは)???」などの思いが生じる事も自然な流れであります。
ちなみに、『 当人も無自覚(無意識)のままに・・・ 』と『 相手が意図して創り出している・・・ 』の箇所では矛盾しているのでは?と感じる方もいらっしゃる事と思いますので補足致しますが、
「(極端な)感情」に「気づけて」いないが故に・・・
自分に何が起こっているのか?という・・・
「分からなさ」という点に更なる怖れや不安を感じてしまい・・・
それを解消する為に(方法が分からないまま)意図した「行動」を取っている・・・
という事です。
言わば「誰かや何かのせいにする事で安心感を得たい」という状態になっているとも言えます。
話を戻しますが、ここで活用出来る対処法の一つとしては、
「課題の分離」を行う!
つまり・・・
「相手」が抱えている問題と・・・
それは「自分」の問題では無い・・・
と切り離す!
という事です。
勿論、ここで輪を掛けて無視したりなどをしてしまうと「自分のした事は自分に反ってくる」とのように、これこそ「堂々巡り」になってしまいますので、
不即不離(付かず離れず)という心持ちの元に・・・
適度な「距離感」を保ち・・・
「求められた」時には対応をしてあげ・・・
「求められていない」時には静観(あるいは見守り)をする・・・
という「心のスタンス(姿勢)」を取ってみて下さい。
そして、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、2つ目のケースにおきましては、