【 古典物理学と量子力学の違い 】
私達がリンゴと「認識」して手に取る状態が、「古典物理学」です。
そして、リンゴを構成する要素の、原子や分子(素粒子)を「把握」するのが、「量子力学」です。
そして、別の表現を用いると、
古典物理学とは、「大きく」て「目に見える(見えやすい)」捉え方
量子力学とは、「小さく(微小)」て「目に見えない(見え辛い)」捉え方
になります。

そして、現在の科学でも、論争や悩みの種となっているのが、
古典物理学の法則と、量子力学の法則は「相容れず」・・・
両者共に「法則上」では・・・
違った「振る舞い」をしている・・・
という点です。
つまり、リンゴで例えると、
リンゴ「そのもの」としての存在と・・・
リンゴを「構成する要素」としての存在では・・・
「性質(法則や振る舞い)」が全く違う・・・
という事です。
少々、分かり辛いですか???(笑)

【 存在を問う 】
そして、先ほどの論争や悩みの種とは、
リンゴそのものの「存在」の在り方(性質)と・・・
リンゴの構成要素としての「存在」の在り方(性質)が、全く違うにも関わらず・・・
なぜ、リンゴは「存在出来ている」のか???
という点にあります。
そして、ここに魂の視点を当てはめると、
「二者択一」という問題ではなく・・・
「存在」という「性質」は、「重なり合っている」もの・・・
になります。
裏を返せば、
「存在」とは、「重なり合う(重なり合っている)」が故に・・・
「存在可能」になる・・・
という事です。

そして、リンゴという「存在」がそうだとすれば、私達という「存在」も同じです、、、