「千里の道も一歩から」を実現する「丁寧」の活用 ~昭和の横綱:千代の富士から~

第624回:『 「千里の道も一歩から」を実現する「丁寧」の活用 ~昭和の横綱:千代の富士から~ 』

【 その他参照ワード:大相撲、連勝記録、双葉山、大鵬、白鵬 】

今回のテーマの「千里の道も一歩から」の意味は、

 

《 遠い旅路も足元の一歩から始まる 》

 

です!

そして、同じ趣旨の言葉として「千里の行も足下より始まる」があり、この意味は、

 

《 どんな大きな仕事も手近な所から始まる 》

 

です!

 

 

ちなみに、「丁寧」の意味は、説明する迄もないですね!?(笑)

 

では、1988年放映の番組『 NHK特集 』(NHK)から、「 九州場所 千代の富士の15日間 」の回を少し眺めます!

 

【 千代の富士と連勝記録 】

千代の富士(1955~2016年)は、第58代の横綱です!

そして、通算勝利1045勝、幕内優勝31回、大相撲初の国民栄誉賞を受賞するなど、素晴らしい戦績を収めました。

故に、「強さ」を象徴するかの如く、

 

ウルフ

 

と、呼ばれました!

そして、横綱になって8年目の33歳、幕内力士の中でも「最年長」の千代の富士は、

 

連勝記録への道を歩み出す

 

という状況になりました。

 

 

そして、昭和に入ってからの連勝記録の第1位が、

 

横綱の双葉山の69連勝(昭和11~14年)

 

です。

ちなみに、双葉山の時代には、年間2場所のみの開催でした。

 

そして、それに次ぐ第2位が、

 

横綱の大鵬の45連勝(昭和43~44年)

 

です。

そして、この時の大鵬は28歳、まさに力士としての「最盛期」と言われています。

 

そして、千代の富士が大鵬の連勝記録に挑む事になったのが、1988年の九州場所でした。

それ迄に39連勝を達成しており、しかも、九州場所は7連覇を続けていた「ゲンの良い」場所でした。

 

 

【 転機となった「ケガの功名」 】

千代の富士が驚異の強さを発揮出来たのは、

 

左の上手回しを取ると同時に・・・

相手の力を利用して投げ飛ばす!!!

 

という秘訣がありました!

つまり、

 

自分の得意な型を会得した!!!

 

という事です!

 

しかし、それ以前は強引に投げる相撲を取っていたが故に、

 

左肩を脱臼するのが癖

 

になっていました。

そして、この型を身に付けた「キッカケ」が、10両時代に経験した手痛い敗戦でした。

なぜなら、この敗戦時に、

 

利き腕の右肩も脱臼

 

したからです。

 

 

そして、横綱になった後の千代の富士は、その時の心情を吐露しています、、、

千代の富士:
『 右は初めてだったんですよ。 その時、もう力士生活はダメだなと、フトよぎったね、頭の中をね。 利き腕の方だったから、尚更ね、そういう気持ちになったけど。 』

 

また、千代の富士の師匠たる、当時の九重親方も後に振り返っています、、、

九重親方:
『 (その敗戦が)災い転じて福と成すとなったんですけど。 あの相撲とケガが無かったとして、前のような相撲を取っていたら、千代の富士というのはあり得なかったですね。 脱臼によって相撲を変えたのが、一つの大きな転機になりましたね。 千代の富士は、あの脱臼によって、現在の千代の富士が出来たんじゃないですかね。 有り難いケガだったですよ。 』

 

 

【 自分を知る事の大切さ 】

千代の富士は九州場所に臨むに際し、33歳という「年齢を考慮」した調整法を取りました。

それが、

 

3勤1休の稽古

 

でした。

ただ、実際には、

 

3日間は激しく稽古し・・・

4日目は軽く稽古する・・・

 

という意味でした(笑)

 

そして、年齢を聞かれた千代の富士は答えます、、、

千代の富士:
『 (年齢を)意識しない事は無いね(笑) でも、気持ちは若く持ってね、若いような感じで動いていかないと、どうしようも無いですよね。 長い相撲を取ったりすると、この間までは全然疲れが残らないのが(残ったり)、手が痛くなったりね、そういう風になって来ますよ。 これは、やっぱり取ってる本人じゃないと分からないけどね。 (年齢をカバーする方法を聞かれ)長い相撲じゃなくて、速い相撲でね。 若手と同じに動いていたら(体が大変だから)ね(笑) 』

 

 

そして、体調も万全の中、一つだけ不安材料があるとすれば、自分の中の「気負い」では!?と聞かれ、千代の富士は答えます、、、

千代の富士:
『 相手の相撲を考えないで、自分の相撲を取り切る事だけを考えた方が、自分の場合は良いと思うんですよね。 自分の場合は、そういう気持ちで相撲を取っていますよ。 返ってね、今日はこういこうかな、あるいは、相手に合わせていこうかなだと、ダメだね。 』

 

そして、九州場所が始まる10日前、連勝記録と九州場所の8連覇への挑戦を聞かれ、千代の富士は答えます、、、

千代の富士:
『 そうですね。 あまりそういうのは気にしないで、相撲を取っていきますよ。 一つ一つの積み重ねだから、そんなに大きく考えないように、一番一番っていう気持ちで頑張っていますよ。 』

 

 

【 自分を取り戻す為に 】

初日を迎えるに当たり、千代の富士自身も初日は「毎回緊張」する事を自覚し、そのような自分の心身を受け入れていました。

そして、案の定!?慎重な取り組みでした(笑)

千代の富士:
『 点数にしたら60点から50点くらいじゃない。 でも、勝ちは勝ちだからね(笑) 』

 

2日目の相手は、「初顔合わせ」でした。

それが原因か否かは分からないものの、相手の相撲に押され、嫌な流れで進んだものの、辛くも勝利しました。

そして、それを象徴するかの如く、

 

千代の富士の相撲人生で「初めて」の決まり手となった・・・

「引っ掛け」での勝利・・・

 

でした。

ちなみに、先の双葉山の連勝記録がストップした相手も、初顔合わせでした(笑)

 

 

このように、千代の富士の本来の鋭い出足から、左の上手回しを取る相撲が取れない中、3日目を迎えます。

そして、相手は琴ケ梅です。

しかし、これ迄の連勝記録を続けて来た中で、「物言い」が付くなど、1番危なかった取り組みの相手が琴ケ梅でした。

 

故に、千代の富士は左の上手回しを取る「イメージトレーニング」を、念入りに続けていました。

そして、辛うじて勝利するものの、やはり本来の自分の相撲ではありませんでした、、、

千代の富士:
『 相撲自体は全然良くないよね。 ただ、白星って感じで。 点数付けたら50点もいかないんじゃない、相撲内容は(苦笑) 』

 

そして、5日目を迎えると、今場所では初めて左の上手回しを取り、本来の自分の相撲で勝利を収めました!