こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

ところで、「急がば回れ・・・誰にでも可能な「丁寧」という視点」とのテーマをお届け致しますが、今回は久々に、私の好きな漫画本「美味しんぼ」(作:雁屋 哲 画:花咲 アキラ 小学館)からのエピソードにご登場頂きます(笑)

 

そこで、今更ながらですが、この「美味しんぼ」は主人公である山岡士郎と、その父たる海原雄山との確執(対立)の模様を、料理を素材としながら紡ぎ出されていくストーリー(物語)です。

そして、今回は、漫画本「美味しんぼ」第5巻の第8話「もてなしの心」のストーリーを交えて進めて参りますが、このエピソードは、山岡士郎が仕事でもある究極のメニュー作りに本腰を入れるようになったキッカケともなっています。

そして、そこから導き出される「丁寧」というテーマと、その「丁寧」がどのような波及効果をもたらしていくのか?という私なりの視点が今回の趣旨ともなっています!

では、今から進めて参りますが、「美味しんぼ」をご覧になった事がない方などにおかれましては、セリフ仕立てを活用して参りますので、想像力で好きな俳優さんなどを当てはめて読み進めてみるのも面白いかもしれません(笑)

 

海原雄山の師匠である陶芸家の唐山陶人が若い女性と再婚する運びとなり、その披露宴が催される事となりました。
その披露宴には、弟子たる海原雄山は元より、唐山陶人が孫同然に可愛がっている山岡士郎も出席していました。
そして、唐山陶人の所で、窯たきとして働いている、本村という人物も出席していました。

その披露宴の最中に、唐山陶人が山岡士郎に、再婚する妻が若いが故に、その妻に「料理の基本」を教えてやって欲しいと頼み事をしました。
そして、ここから、その話を傍らで聞いていた海原雄山と山岡士郎のバトルが展開されていきます(笑)

山岡士郎:
『 はあ、、、基本と言えば、まぁ、飯の炊き方と味噌汁の作り方ですか。 』

海原雄山:
『 ふふふ、この男に美味い飯が炊けるのかね? 』

山岡士郎:
『 何!? 』

 

海原雄山:
『 唐山先生、この男を買いかぶってはいけませんよ。
  本当に美味い飯を炊き、本当に美味い味噌汁を作るのは、至難の技だ。
  この男に、そんな事が出来るはずがない。 』

山岡士郎:
『 馬鹿な!
  飯と味噌汁は日本料理の基本だ。
  そんな簡単な事が出来ないとは、下らぬ言いがかりも休み休み言え! 』

 

海原雄山:
『 ほう、、、
  簡単な事とぬかしたな。
  今の一言でお前が、本当に美味い飯と味噌汁を作れぬ事がはっきりした。 』

山岡士郎:
『 飯を上手に炊くのが難しい事は、承知してるよ!
  手の込んだ料理に比べて簡単だと、言っているだけだ! 』

海原雄山:
『 語れば語るほど、自らの愚かさをさらけ出しおるわ。
  手の込んだ料理より簡単だと!? 』

 

このような、ひょんな流れで、海原雄山と山岡士郎が対決する事となり、その判定を唐山陶人が務める事となっていきました!
そして、海原雄山は、先ほどの本村という人物に、次のように命じます。

海原雄山:
『 本村、私の代理で飯を炊き味噌汁を作れっ!! 』

本村:
『 ええっ 私が、、、!? 』

海原雄山:
『 15年ほど前に、私がお前の家で飯を食わせて貰った時の事を覚えているか? 』

本村:
『 は、はーっ!
  お粗末なものを差し上げてしまいました。
  未だに恥ずかしく思っております。 』

海原雄山:
『 あの時と全く同じものを作れ、出来るなっ!? 』

本村:
『 は、はい! 』

 

こうして、プロ顔負けの料理の腕を持つ山岡士郎と、海原雄山の代理として、全くの料理の素人である本村が対決をする事と相成りました(笑)
そして、対決に向けて、山岡士郎は次のように考えます、、、

 

《 飯について言うなら条件は良い米、丁寧なとぎ方、良い水、使う釜、火加減、蒸らし具合に尽きるし、

  味噌汁についてなら、良い味噌、良い水、良いダシ、仕上げの温度に気をつければいい。 》

 

と、、、。
そして、いよいよ、対決の日を迎える事となります!

まずは、山岡士郎が用意したご飯と味噌汁について、なかなか好評価であった事に向けて、山岡自身が次のように解説します。
なお、セリフ内に産地などが出て来ますが、これは私自身の意見などとしてお奨めしている訳でも何でもありませんし、全くの他意もありませんので、その辺りはご理解頂ければ幸いです(笑)

 

山岡士郎:
『 新潟産のコシヒカリです。
  農家が自家用に作った米で、無農薬栽培です。
  それを天日乾燥したものを先ほど精米し、水は日本百名水の一つに数えられる、お滝不動の湧き水を用いました。
  もちろんカマドを用いて薪で焚いて、最後にワラを一つかみくべて蒸らしました。

  味噌は無農薬栽培の大豆で作って、2年寝かした本物の味噌です。
  カツオブシは枕崎の雄ブシを使いました。
  シジミは松江から取り寄せました。 』

 

そして、次は海原雄山の番ですが、その前に、唐山陶人は次のような感想を漏らします。

唐山陶人:
『 米の質も手間も技術も士郎の炊いた飯は、行き着く所まで行ってしまっておるのだから、雄山がやはり最善を尽くしても、士郎の炊いた飯と差は出て来んのではないかな。 』

 

そして、このコメントに対し、海原雄山は言葉を発します。

海原雄山:
『 ふふふ、、、果たしてそうでしょうかな、、、 』

 

と。
そして、唐山陶人は、海原雄山のご飯と味噌汁を頂きました。
すると、

唐山陶人:
『 むおっ この飯は!!

  士郎の炊いた飯は完璧なもののように思えたのに、今この飯と比べると気がつかなかったアラが見えて来るっ。
  これに比べるとムラがある。
  ふっくらしている度合いも、羽毛布団と、固い綿の布団ほどの差がある。

  そしてこちらの飯を噛んだ時に、口の中に広がるふくよかな甘さと香りはどうだ、、、

  これに比べると、士郎の炊いた飯はまだヌカくさいぞ。 』

 

そして、同じくシジミの味噌汁についても、

唐山陶人:
『 士郎の味噌汁はこれに比べるとなまぐさいぞ、、、

  シジミと味噌が渾然一体となった美味さを醸し出してるのはこっちの方だ。 』

 

ここで海原雄山は勝負あったと感じ、悔しがっている山岡士郎に対して問い掛けます、、、

海原雄山:
『 士郎、この差はどうして出来たとお前は思うんだ、言ってみろ。 』

山岡士郎:
『 材料の差だ。

  米も味噌もカツオブシもシジミも、俺を負かすために八方手を尽くして、最高のものを集めたんだろう。 』

 

すると、海原雄山は激怒して言葉を発しました。

海原雄山:
『 材料の差だとっ!

  お前がそこまでものを見抜く力がないとは思わなかったわ!

  来いっ、本村がどうやってこの飯を炊き、味噌汁を作ったか、見せてやるっ!! 』

 

そして、本村は自分のした事をお話していきます。

本村:
『 黒い盆の上に広げると、米の一粒一粒の様子がよく分かります。
  欠けていたり濁っていたり、粒が大きすぎたり、小さすぎたりするものは、こうして選び出して捨てるのです。 』

 

つまり、本村のした事とは、米を一粒一粒選別し、その大きさを均一に揃える手間を掛けていました。
この微妙な差により、仕上がりでは山岡士郎とは大きな味の差になりました。

さらに本村は、大豆が粒のまま醸造された味噌にひと味加え、それをすりこぎで滑らかにする一仕事も加えていました。
また、シジミについても米と同様に、大きさを揃える選別をし、それにより、シジミの煮え方にムラが入ったり、生臭くなるのを防ぐ手間を掛けていました。

 

そして、何故、このような手間を加えたのか?を問われた本村は、次のように答えます。

本村:
『 15年前、海原先生が私の家に見えた時、私はどうおもてなしすればよいのか、困り果てました。

  ごちそうを差し上げたくとも貧しい私には高価な材料は買えません、、、

  そこで、私の出来る最善を尽くすしかないと考えたのです、、、 』

 

と。
そして、海原雄山は山岡士郎にたたみかけます。

海原雄山:
『 美食を芸術の域まで高める条件は、それは唯一、人の心を感動させることだ。

  そして人の心を感動させる事が出来るのは、人の心だけなのだ。

  材料や技術だけでは駄目だっ!! 』

 

と。
そして山岡士郎は、次のように振り返ります。

山岡士郎:
『 負けたくやしさで、頭に血がのぼって、本村がどんなに深く心を配っていたのかわからなかった、、、 』

 

と。
そして、これを機に、山岡士郎は究極のメニュー作りに本腰を入れる事を決意しました!!!

 

では、今回の「美味しんぼ」からのストーリーはここで終了ですが、おもてなしの機会と言っても、この本村のした手間や一仕事を加えるというのは、なかなか出来る事でもないでしょうし、日常的に行うのは、それこそ飲食店としての提供であれば別でしょうが、私も含め、一般的に出来る事でもないでしょう(笑)

その証として、唐山陶人が妻となる女性(領子さん)に次のように語り掛けています。

唐山陶人:
『 人を心からもてなしたいと思わなければ出来ぬことだな。

  領子や、こんなことを毎日やれとは言わん。

  しかし、この心だけは自分のものにして貰いたいのだ。 』

 

と。
では、今回はこのTOPICSでも何度も活用している、ヒプノセラピー(催眠療法)における「メタファー(物語や比喩・暗喩)」も込めておりますので、どのように感じ、どのように捉えて頂いても、これもいつもの通り、皆さんの全くの自由です!
その上で、少しだけ、私なりの視点を補足致します(笑)

 

近頃では特に、お仕事などでも効率化・合理化などが言われたりしています。
この最たる例がAI(人工知能)の活用とも言えますが、これも、要はどのように活用するのか?という問題でもあり、全てが悪い訳でもない側面もあります。
そして、どのように?という部分が、このTOPICSでも繰り返しお伝えしております「真の動機」と関係してきます。

ただ、お仕事なども含めまして、最近の効率化・合理化の中には、

 

気づけていない部分(過程)を省略しているだけ・・・

 

という面も見受けられ、別の表現をすると、

 

気づけていないが故に・・・

(もしかしたら必要である)その部分(過程)が・・・

そもそも存在していない(見えていない)・・・

 

という錯覚を起こさせているケースが増えて来ているようにも感じます。
そして、この効率化・合理化と、今回のテーマである「丁寧」という視点との関係においては、

 

まずは(最初は特に)「丁寧」に行う事で・・・

どこを効率化・合理化出来るのか?・・・

どこが効率化・合理化に当てはまるのか?・・・

という発見や気づきに繋がる・・・

 

という側面もさる事ながら、

 

何か上手くいかない・・・

全体としてシックリこない・・・

 

などの場合に、

 

「丁寧」という存在は・・・

その原因や理由の検証と改善材料を・・・

示唆してくれる(教えてくれる)・・・

 

という大切で貴重な役割をも担ってくれています。

例えば、今回は「美味しんぼ」を取り上げましたので、料理を素材として一つの例を挙げてみます。
料理人が様々に工夫を凝らし、料理を作り上げていった際に、出来上がったものを食して、何か最初にイメージしていた風味と違うなぁと感じたとします。

そこで、さらに調味料を変えてみたり、作り上げる手順を変えてみたりと試行錯誤を繰り返してはみるものの、やはり、風味にどこか違いを感じているような場合に、もしかしたら、何か他の食材の風味が混じっている事に気づくかもしれません。
そして、

 

その原因や理由を探っていくと・・・

包丁やまな板の洗浄が・・・

不充分であった・・・

 

という点に気づくかもしれません。
しかし、

 

このような事に気づく際には・・・

料理(のみ)を作っているだけでは気づく事もなく・・・

全過程を「丁寧」に見返す必要がある・・・

 

というのが、一番の近道、つまり、「急がば回れ」となっている事もあるかもしれません。
そして、何より、

 

「丁寧」に行うというのは・・・

特別な才能も技術も必要ではなく・・・

心掛け次第で・・・

誰にでも実行可能なもの・・・

 

というのが、最大の恩恵を与えてくれているものでもあります。
そして、「丁寧」という視点はあらゆる面に反映されており、あらゆる面に適応可能なものでもありますが、

 

ここ最近の社会や世の中においては・・・

特に「人間関係」における・・・

「丁寧さ」が失われつつある・・・

 

とも感じています。
そして、時には、

 

「丁寧さ」の意味や本質を・・・

取り違えたり・・・

履き違えたり・・・

 

している出来事もかなり散見されるようにもなって来ています。
これが、前回のTOPICSでもお伝え致しました、

 

自分に「都合の良い」解釈(言い訳)

 

というものが、氾濫や濫用されてしまっている証でもあります。
まさしく、ブラック企業などは当てはまっている事でしょう、、、

そして、先ほどの海原雄山の言葉、

 

『 人の心を感動させる事が出来るのは、人の心だけなのだ。 』

 

を実践してみようと思い立った暁には、誰にでも可能な「丁寧」を心掛けてみて下さい!
きっと、素敵な変化があなたにもたらされる事と感じます(笑)