【 欠落している視点を見つける 】
前半の、
『 自殺(自死)に、他者を巻き込んではいけない!!! 』 & 『 自殺(自死)するのであれば、一人でやるべき(という意見や考え)が「一人歩き」すると、同じ苦悩を抱えている人を「追い込む」事になり、「逆に」、似た事件を再度引き起こしかねない 』
の箇所で、私は『 ある意味では、どちらも「正論」(と捉える事も可能) 』とコメントしました。
ただ、それと同時に、
この「両者」を繋げる視点が・・・
欠落している・・・
のが事実であり真実です。

そして、
他者を巻き込んだ自殺(自死)でも・・・
自分一人の自殺(自死)でも・・・
どちらも、自らの「救いの道」を見つけられていない・・・
という点が「共通」しています。
そして、「更に」欠落している視点の一つが、自分一人の自殺(自死)であっても、
必ず「他の誰かや何か」に影響を与えている・・・
という事です。
勿論、共通しているとは言え、
誰かを「傷付ける」巻き込み方と・・・
誰かに「影響を与える」巻き込み方では・・・
大きな違いがある!!!
のも事実です!

【 社会の争いも原因の一つ 】
そして、最も欠落している視点が、
何故、論争という「争い」になるのか???
何故、同じ方向を向いて「考える」スタンスにならないのか???
このような争いの姿を、「社会」が見せる事こそ・・・
被害者の遺族などでは、「辛く感じる」面もあるかもしれず・・・
今、苦悩の最中で「自暴自棄」になりそうな怖れを抱えている人が・・・
このような争いの社会の姿を見て、「どのように」感じるのか???
という事です!!!
この論争を生み出すのも「隙間(隙魔)」の現れです。
そして、私達の心の内面は社会に「反映」されます。
そして、「反映」された社会の状況が、「再び」私達の心の内面に影響を及ぼす「循環(サイクル)」になります。
これが、
現在の不健全な「格差」を生み出している一つの要因
です。

【 余談:薬物問題の自己矛盾 】
余談ですが、最初に否定や非難などでは全くありません!
例えば、
薬物に手を出した「後は」、病気と見守られるが・・・
薬物に手を出す「前の」状況には、ほぼ目を向けられない・・・
という現状があります。
勿論、他者を傷付ける事と、自らで薬物を摂取する事では、同じく大きな違いが存在するのも事実です。
しかし、
この両者に向けられる「社会の目」のベクトル(方向)が・・・
自己矛盾???
のように感じませんか???
なぜなら、どちらであっても、二度と同じ事を繰り返していけない!!!という方向性は、「一致」しているはずだからです、、、