自殺(自死)と憑依(心の内面)の関係を魂の視点で考えてみます

【 心の隙間(隙魔)を放置しない 】

では、次の事を「考えて」下さい、、、

 

誰でも、感情にはムラ(バイオリズム)がある

 

のは「経験」があるでしょう。

そして、

 

(最近)妙にイライラする・・・

(肉体ではなく、心の状態で)何となく気分が晴れない、よく眠れない・・・

 

なども、程度の差はあれ、誰もが経験があるでしょう。

 

 

そして、このような状態の時には、

 

「過去」の何かに、引きずられていたり・・・

「将来」の何かに、漠然とした不安などを感じていたり・・・

 

などの、

 

「自分の心の内面」に原因や理由が見つかる

 

という点が当てはまります。

勿論、中には「自分に非が無い」ケースも存在するでしょう。

 

ただ、

 

自分の心の内面を「放置」し続けていると・・・

次第に「隙間(隙魔)」が広がり始め・・・

その「隙間(隙魔)」に「同調して(突け込んで)」来るのが憑依!!!

 

です!

 

 

故に、自分の心の内面に存在しない事や、理解済みの事(既に気づいた事など)に関しては、憑依は起こりません。

また、隙間(隙魔)に突け込んで来るのは、「生きている人間」も同じです、、、

 

【 見落とさない事 】

そして、

 

感情のムラは、「誰もが持っている」ものであり・・・

感情に揺れ動きが生ずるのは、「自然で当たり前」である・・・

 

という点を、しっかりと「理解する」事が大切で必要です。

 

そして、同じ事は、

 

キリスト教(等)では、「自分の中の悪魔」と闘いなさい・・・

仏教では、「地獄絵図」として(見やすいように)視覚化し・・・

どちらも、自らの「今の境地」を見つめる為の促し・・・

 

をしている点が「共通」しています。

 

 

勿論、キリスト教(等)の「闘う」は、あくまで「比喩」として使われています。

しかし、

 

この「比喩」の解釈を間違っているが故に・・・

「宗教間」の争いが絶えない・・・

 

のは言うまでもありません、、、

 

そして、医学や科学が目覚ましいほどの発展を遂げている現代でも、

 

残虐な事件が「後を絶たない」のは・・・

いえいえ、以前と比較して「増え続けて」いるのは・・・

どこかに「見落とし(欠落している視点)」があるから・・・

 

です、、、