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「船」というシンボルから見る「人生の舵取り」

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

GWの季節に入りましたが、いかがお過ごしでしょうか?
お仕事の方もいらっしゃれば、旅行などで楽しんでいらっしゃる方も多い事かと思います。
私も一足先に、先日の平日ですが、岩木山神社、そして、満開の弘前公園の桜、とパワ-スポット?巡りをしてきました(笑)

 

ところで、私はSF映画が好きな事から、宇宙旅行に行ってみたい、あるいは、映画に出てくる宇宙船などを観るとワクワクしたりしますが、その一方で、飛行機はあまり得意ではありません。
国内であれば時間が掛かっても良いので、新幹線などを選んだりもします(苦笑)

また、あまり水泳も得意でない事から、海で泳ぐなどは怖さも感じたりしますが、一方で船旅などは興味があります。
青森県内にも近頃は豪華客船が立ち寄ったりと、そのニュ-スなどで客船の内部が放映されたりすると、正直、船旅が出来て羨ましいなぁ~と思う事もよくあります(笑)
そこで、今回は「「船」というシンボルから見る「人生の舵取り」」というテ-マをお届け致します。

 

ところで、「船」というシンボル、あるいは、モチ-フなどは歌でもよく活用されたりしています。
私の好きな歌で、私が産まれる前の曲では、沢田研二さんの「君をのせて」(1971年)や、サイモン&ガ-ファンクルの「明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)」(1970年)などがあります。
ちなみに、「明日に架ける橋」はよく「ヒ-リング ミュ-ジック」として、インストゥルメンタル(歌詞のない音楽のみ)としても活用されたりしておりますが、私の行っているヒプノセラピスト認定講座における、年齢退行療法(インナ-チャイルド)を学ぶ最初には、この「明日に架ける橋」のコンサ-ト映像をお見せして、実際のセッションで行われている「本質」部分を視覚的にも捉えて頂ける為に活用してもおります(笑)
そして、この「船」というシンボルは、

 

自己ともなり得・・・他者ともなり得る

 

という両面を兼ね備えています。
例えば、先の「君をのせて」の歌詞では、

「君をのせて 夜の海を 渡る舟になろう」

また、「明日に架ける橋」では、

「出帆するのだ 銀色の乙女よ 帆を上げて海を渡っていこう」

というように、自己及び他者という両方の視点が活用されています。
そして、先ほど私は、飛行機と海は不得意だが、宇宙(船)と船旅は好きとお伝え致しました。
そして、この「好きな面」が表れている歌として、TOKIOの「宙船(そらふね)」という曲があります。
この歌の作詞・作曲は中島みゆき さんですが、あくまで個人的な見解ですが、中島さんの歌詞を見ると、スピリチュアルな視点が日常生活という場面において描かれている事があるのと、短い「言葉」でありながらも、「イメ-ジ」を活性化させていくのに役立つ面があるという、ヒプノセラピ-(催眠療法)の技法的な面から見ても、とても参考になるケ-スがあります(笑)
では、この「宙船(そらふね)」の歌詞を少しご紹介致します。

 

『 その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオ-ルをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロで進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオ-ルをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこが船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオ-ルをまかせるな

(以下、省略)  』

 

様々な捉え方が出来る歌詞ですし、どのようにご自身なりに解釈をされても自由です。
だた、多くに共通する見解というのは、

 

自分の人生の舵取りをするのは、自分自身である

 

という点であろうかと思われます。
そして、「自立・自律」と「(共)依存」の関係について、ご質問を受ける事もよくあります。
人生という長旅においては、時には道に迷い、悩み抜く事もあります。
このような時に誰かからアドバイスを受けたり、お話を聞いて貰ったりして、自分というものを整理統合していくのは、「(共)依存」ではなく、「自立・自律」になります。
なぜなら、

 

何かしらの問題点に自らが気づいているが故に・・・
打開点を求める気持ちが湧き起こり・・・
そして、
自らを変えていこう!との決意が備わっているから・・・

 

です。
このような時に、誰かの力を借りたり、支えて貰ったり、協力を仰いだりするというのは自然な事です。
そして、時には、自分ではどうしても足が竦(すく)んでしまうような荒波を超える際に、他者という「船」に乗せて貰い、「一緒」に荒波を超えていくというのも自然な事であり、これも「(共)依存」とは違います。
なぜなら、

 

自らの分(身の丈)を知り・・・
(今回のケ-スでは)他者の助力も仰いで乗り越えていく・・・
という、
「選択と決断」を自らが下しているから!

 

です。
ここでの「選択と決断」とは、今回の歌詞の中の、

 

「その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ」

 

に当たっています。
では、「(共)依存」ではどのような事が起こっているかと言うと、もうお分かりかと思いますが、それが今回の歌詞にある、

 

「おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオ-ルをまかせるな」

 

というポイントです。
そして、何故、「(共)依存」に陥っていくかと言いますと、

 

(共)依存でも、最初は・・・望んだ方向に進んでいる!・・・という錯覚に陥るから

 

です。
言わば、飴(あめ)と鞭(むち)の、飴の部分です。
そして、当初の上手くいった!との錯覚を利用して、

 

以前は上手くいったのだから、今後も「あの人」に全てを任せていれば大丈夫!

 

という方向に、無意識ながらも誘導されていってしまうというケ-スです。
そして、「あの人」は次第に、

 

私に任せれば全てが上手くいく!

 

という「方便」をドンドン活用していきます。
そして、何かが望まない方向に進んでいるなぁ、と疑問に感じた際でも、「あの人」は、

 

上手く行かないのは、あなたが私の言った通りにしないからだ!

 

との「方便」を重ねつつ、それでも、あなたが「あの人」の話す言葉に口を挟むと、

 

逆鱗に触れ・・・怒られる羽目に陥る・・・

 

というのがパタ-ン化していきます。
そして、次第にあなたは、

 

悪いのは・・・(「あの人」の言う通りにしない)自分なんだ・・・

 

と、ドンドン罪悪感や自己嫌悪感に追い込まれていきます。
そして、これも、もうお分かりの通り、ここまで追い詰められた時点では、

 

既に・・・あなたの「選択と決断」を・・・あなた自身が放棄してしまっている・・・

 

という結果に陥っています。
そして、この「選択と決断」という観点から「自立・自律」と「(共)依存」を見た場合でも、

 

「自立・自律」においては、誰かや何かのせい(責任)にしない

 

という側面が働く一方、

 

「(共)依存」においては、
(あなたの視点からは)「あの人」の言った通りに行ったけど、上手くいかなかった・・・なので悪いのは「あの人」だ・・・
一方、
(「あの人」の視点からは)私の言う通りに行わない、あなたのせい(責任)だ!

 

となっていきます。
そして、「おまえが消えて喜ぶ者」とは、

 

あなたをコントロ-ルしている誰かや何か

 

という意味です。
つまり、このような状況の時には、

 

あなたは、あなたの人生を歩めていない・・・

 

という、空虚感や不安感などに苛(さいな)まれる事になってしまいます。
そして、「自立・自律」では「選択と決断」を握っているのは自分自身!という側面が働くとお伝え致しましたが、「(共)依存」から脱する際にも、

 

(脱するという)その「選択と決断」も自分自身が握っているんだ!

 

と気づけば、すぐに、抜け出す事が可能です(笑)
その後に「あの人」が何かを言ってきても、それは「あの人」自身の問題であり、あなたには何の関わりもない事です。
あなたが、あなたという「人生の舵取り」をしているというのは、繰り返しですが、

 

「選択と決断」はあなたが握っている!

 

という事を「思い出す」事です。
そして、誰かや何かのアドバイスが必要と思える時には、

 

色々アドバイスも出来ますが、「選択と決断」はあなた自身のものですよ

 

という誰かや何かであれば、それは、あなたにとって良い方向に向かう可能性が高まりますが、逆に、何か変だなぁ?と感じる際には、誰かや何かの言動の中に、

 

私の言う通りに行っていさえすれば、大丈夫!

 

という、「甘い囁(ささや)き」が含まれていないかどうかを、判断材料にしてみて下さい。
そして、同じ歌詞の中に、「その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか その船は舞い上がるその時を 忘れているのか」にあるように、

 

本来のあなた自身を思い出す

 

という点に意識を向けてみて下さい。
ちなみに、中島さんが意図して?かどうかは分かりませんが、歌詞の中の「おまえのオ-ルをまかせるな」という点に関して、

 

OAR(ボ-トなどの漕ぎ手) と ALL(あなた(の人生)の全て)

 

というように、「オ-ル」という同じ読みの「言葉」が使われておりますが、このような手法はヒプノセラピ-における暗示の効果を高める手法としてもよく活用されております(笑)

 

また、今回のような「シンボル」というのは、人それぞれにおいて意味合いは違ってきます。
よく、平和の象徴として「鳩(ハト)」などが言われたりしますが、実際には、鳩などの鳥が苦手という方も多いものです(笑)
なので、夢判断などでも「シンボル」は活用されますが、全ての人に等しく当てはまる「同じ意味のシンボル」というのは存在しませんので、あくまで、「シンボル」とは統計的な傾向である事と、夢などでは、他の人の傾向にわざわざ合わせる事をせず、ご自身にとっての「シンボルの意味合い」というのを感じて探していく方がシックリくる事が多いです(笑)

 

そして、「船」というテ-マから、少しだけ余談を続けます。
私は「宇宙戦艦ヤマト」も好きで、たまに見返したりしておりますが、このアニメにおいては、少々誤解?を受けている方もいらっしゃるかもしれません。
ヤマトは確かに戦闘も行っておりますが、本来は、放射能で汚染された地球を浄化するために、イスカンダル星に放射能除去装置を貰い受ける為の旅が目的です。
ヤマトの歌は皆さんも一度はお聞きになった事があろうかと思いますが、勇ましい曲調と相まって、歌詞の中に、

 

「地球を救う 使命を帯びて 戦う男 もえるロマン」

 

というのがある事で、何か戦争映画に近いものと思われているフシもあるかもしれません。
しかし、実際にこの映画では、イスカンダル星への往復の航路で妨害をしてきたガミラスという相手と戦闘になりますが、主人公の古代 進は次のように語っています。

 

『 地球の人もガミラスの人も、幸せに生きたいという気持ちに変わりはない・・・
なのに・・・我々は戦ってしまった・・・
我々がしなければならなかったのは、戦うことじゃない・・・
愛し合うことだった・・・  』

 

と。
そして、このヤマトの歌の中で次のような一節があります。

 

「必ずここへ 帰って来ると 手をふる人に 笑顔で答え」

 

スピリチュアルな視点では、この世の私達は、

この世に産まれてくる時には、喜ばれ・・・
あの世に戻る時には、悲しまれ・・・

 

しかし、あの世の人達の視点では、

この世に産まれ出ずる時には、悲しみ・・・
あの世に帰る時には、喜び・・・

 

というように、価値観が逆転しております。
そして、先ほどの歌詞の「必ずここへ、、、」のフレ-ズを聞くと、私はいつも、このような「あの世の視点」を思い出して?しまいます(笑)

 

また、これも余談の余談ですが、このTOPICSを書いていた当日(※ 私の多くのTOPICSは掲載日以前に書いているもので、掲載日では若干の手直しを行うのみがほとんどです)に、TOKIOのあるメンバ-が不祥事を起こしたニュ-スが報道され、また、同日に私は再放送(青森県内の状況ですが)されている「逃げるは恥だが役に立つ」というドラマの、以前に録画していた、ある回を観ておりましたが、その中で「宙(SORA)」という旅館が舞台となっていました。

シンクロとは様々な側面がありますが、今回のような不祥事という出来事がシンクロにまつわる事もあります。
このような、何かネガティブな出来事が関係しているシンクロに出逢った?と感じる時には、そもそもシンクロに関係している「出来事」に意味があるのではなく、シンクロしているという「現象」に意味があるというケ-スもありますので、この点は覚えておいて損はないかもしれません(笑)

2018年4月28日 12:04

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