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この世とあの世の関係・・・そして、私達との関係は・・・

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

まず、最初にお断り致しますが、今回のTOPICSは長い内容になっております。
ここ最近の社会情勢などから、私の中での「ある一致点の高まり」を感じた事により色々書き進めていた結果、長くなってしまいました(笑)
そこで、急遽、順番が逆になり最後の書き進めとして今まさにこの文章を挿入している次第ですが、これ自体が長くしている要因にもなっている始末です(苦笑)
それでは、お時間に余裕のある方、そして、興味のある方は読み進めてみて下さい。

 

ところで、皆さんはどのように感じているか、あるいは、感じていないかもしれませんが、ここ1~2年程、世界情勢、そして、日本国内においても、「何か」がかなり乱れ始め、何かの歪(ゆが)みや軋(きし)みが広がり続けていると、とても肌で感じています。
そして、このような「何か」の乱れに関する複数の要因の内の一つが、

 

あまりにも「この世的なもの」に執着し、捕らわれ過ぎている

 

という点にあると強く感じています。
そこで、今回は「この世とあの世の関係・・・そして、私達との関係は・・・」というテ-マをお届け致します。

そして、今までもこのTOPICSにおいてはスピリチュアルな分野のテ-マもお届けしてきましたが、その多くは興味のある方、あるいは、興味はあるがよくは分からない方、などに向けての基本的な分野をコメントしてきました。
しかし、今回はそこから少し足を踏み入れて今回のテ-マをお届けしようと思った経緯は、先ほどのように、ここ最近あまりにも「何か」が乱れ過ぎているという感じが日々強まっているからです。
そのような観点からも、無用の誤解や混乱を避けるために、今回のようなテ-マは今までは躊躇してコメントしてこなかったという思いが私の中には強くありました。

 

そして、これも今までのスピチュアルな分野のTOPICSのテ-マと同様ですが、全てが解明・実証されている訳ではありません。
しかし、今までもそうですが、今回のテ-マに関しては特に、私なりに今まで調べてきた科学・医学・哲学などにおいて現在も研究され続け、一部は実証され始めている情報などを基盤としております。
つまり、確実な解明・実証はまだなされておりませんが、理論や研究過程においては信憑性が高まってきている知識や情報などを基に書き進めて参りますので、オカルト的な荒唐無稽のお話では全くありません。

 

そして、少し話は逸れますが、私の他界した母は感受性が強いという個性を持っていました。そのような事から、私も小さい頃から幾度か母の不思議な体験というのを耳にしておりましたし、私自身も幾度かの不思議な体験というのもしています。
当然、不思議と思っていた訳ですから、怖さを感じた事もありますし、疑問に思った事も多々あります。
しかし、今回のテ-マのようなケ-スについて、繰り返しですが、スピリチュアルな分野と科学・医学・哲学などの分野を私なりに付き合わせ、そして、常に本当なんだろうか?という「疑いの視点」も忘れずに持ちながら自分なりに考えてきました。

 

あくまで現在の時点ですので、これから先に多少の修正はあるかもしれませんし、違っている事もあるかもしれませんが、このように私なりに得た知識や情報を組み合わせた事で、皆さんに目の前で実証して見せることは出来ませんが、私の母が体験した事や、私自身が体験した事の多くが「理解可能」となりました。
そして、ただ「理解可能」になっただけではありません。
そのことにより、より「今の世の中」の仕組みや内実が見えてくるようにもなりました。

 

また、カウンセリングやセミナ-などにおいても、色々お話をしながらリラックスしてくると、様々な不思議な現象や体験などをお話される方も多いですし、実際に今悩んでいる問題の一端と絡み合っているケ-スもあります。
そして、自分の身の周りに起こっている事に対して、僅かでも「理解可能」になっていけば、それに対応する気持ちなども自然と変わっていき、気持ちも落ち着いていきます。
そのような経緯からも、今回のテ-マを敢えて今の時期に選んだ訳ですが、もう一つ大切なポイントがあります。それは、今回のテ-マを活用するに当たっては、

 

現実から逃避をするためではなく、より良く「今」を生きるため

 

という視点を強く意識して下さい。
ともすると、今回のようなテ-マに関しては、「あの世」があるのであれば「自殺」をしても構わないのでは?などの穿(うが)った意見が出されることも多々あります。
「あの世」があるという意見と、「自殺」を是とする意見には全く関連性はありません!
それと同時に様々な犯罪などを肯定する理由にも全くなりません!
そして「この世」という現実から逃げ出す言い訳にする事も出来ません!
是非、その点を重々ご理解頂きながら、興味のある方は、さらにこの先を読み進めてみて下さい。

 

では、テ-マを進めていくに当たりまして、一つの言葉をご紹介致します。
これは、哲学者であるイマヌエル・カントが残した言葉ですが、それは、

 

あの世がなければこの世の正義は成り立たない

 

というものです。
翻訳によっては「あの世」を「死後の世界」としているものもあれば「正義」を「善悪」と紹介しているものもありますが、趣旨は同じものになっています。

そして、この正義という意味は、幾らこの世で嘘を突き通せたとしても、最後には、あの世で全てが明らかになる、という事です。
角度を変えれば、例えこの世において様々な誤解により不仲になったとしても、最後には理解し合える、という事にもなります。
そして、結果も勿論大切ですが、この言葉においては何事も「動機」が大切、という意味も含んでいると思われます。
そして、全てがこの世で完結してしまうのならば、この世においてはやりたい放題にした方が得と考えられてもおかしくありませんし、もし、そのような事を全ての人が実行していたならば、とっくの昔に人類は滅んでいた事でしょう・・・という皮肉も込められているのかもしれません。
ところで、この世とあの世の関係を表すのに、

 

この世とあの世は表裏一体

 

と言われたりする事もあります。
間違いとは思いませんが、私の見方は少し違っています。
まず、「表裏一体」とは、一つの物の表と裏のように切り離せない関係にある事、とされています。
例えば「光と影」のような関係です。
光があるから影が生じ、影があるからこそ光を感じられるという風に使われたりしています。
確かにこの世とあの世には密接な関連性はありますが、

 

あの世はこの世がなくても存在する

 

と、私自身は感じます。
つまり、逆に表現すると、

 

この世はあの世があるからこそ存在出来る

 

という関係です。
先ほど「表裏一体」という言葉が出てきましたが、

 

裏の裏は表

という言葉は皆さんも聞いたことはあるかと思いますが、

表の表は表? あるいは 表の表は裏?

 

という言葉の使い方はほとんど聞いた事がないかと思います。
つまり、

 

「表」と「裏」というのは本来「違う」もの

 

という事になります。
では、次のように当てはめてみて下さい。

 

「この世」=「裏」 「あの世」=「表」

 

どうでしょうか?
確かに何かしらの関連性があるのは間違いありません。
しかし、

 

裏(この世)の裏は表(あの世)

は成り立ちそうですが、

表(あの世)の表は・・・表(あの世)?・・・裏(この世)?

 

は、なかなか成り立ち得ないと感じませんでしょうか?
そして、現在の研究などでは、この世とあの世は表裏一体の関係ではなく、

 

この世とあの世は重なっている

 

という見解が多くを占めています。
しかし、二つの世界が重なっているのであれば、どうして誰もが普通に交流したり、お互いに姿を見たり聞いたり出来ないのかと思われるかもしれません。
そこで、科学における「次元」という概念が出てきます。
例えば、

 

二次元とは1枚の紙のようなもの

 

と捉えるとイメ-ジがしやすくなります。
二次元とは立体的ではなく平面です。その二次元である紙に犬や猫の絵を描いたとしても平面のままで飛び出す事はありません。
そして、この紙を100枚、1000枚、10000枚と積み重ねていくと、高さと奥行きが出てきます。つまり、

 

三次元とは紙を積み重ねて出来た束のようなもの

 

とイメ-ジすることが出来ます。
言わば、三次元を形で表すと、奥行きと高さを持ったサイコロのような形態です。立方体でも直方体でも構いません。
例えば、宅配業者の倉庫のような場所を思い描いてみて下さい。そこには多くの「ダンボ-ル」が「山」のように積まれています。
そして、

 

四次元とは三次元の「ダンボ-ル」が集まった「山」のようなもの

 

と捉える事が出来ます。
つまり、1個1個のダンボ-ルが独自の三次元であり、そのような三次元が集積したものを固まりとして見たものが四次元と言われるものです。
私達は三次元に存在しています。
そして、三次元の特徴には、

 

空間と時間が存在する

 

と言われています。
そして、二次元の中から見たら、三次元を認識し難いという側面があります。
また、三次元の中から見たら、四次元を認識し難いという側面があります。
しかし、三次元の中では二次元の存在を容易に認識出来ています。
また、おそらく四次元の中では三次元の存在を容易に認識出来ていると推測されます。
先ほど、

 

この世とあの世は重なっている

 

とコメントしましたが、あの世が四次元という意味ではありません。
「重なっている」とは言え、

 

私達が存在している次元はあの世より低いため、より高い次元を私達は認識し難い

 

という側面があるという事です。
そして、ポイントは、

 

認識出来ないのではなく、認識し難い

 

という点です。
ちなみに最近の科学における説としては、ブラックホ-ルは全てを飲み込んでしまう性質のものではなく、単に三次元と四次元などの他の次元間を繋ぎ、行き来するためのトンネルのようなもの、と解されている方が多くなってきています。
そして、このようにこの世とあの世は重なっているという側面から、

 

この世にある物は、全てあの世から来ている
あるいは、
この世はあの世の一部である

 

と言われています。
それでは、皆さん自身の発想や着想、あるいは、直観的な感覚とはどこから来ていると感じるでしょうか?
全ての発想などは自らの中から産み出されていると確信出来るでしょうか?

そこで、アインシュタインやエジソンなどは皆さんもご存じかと思います。
アインシュタインは相対性理論を提唱したり、エジソンは様々な発明をしています。
ちなみに、エジソンの発明品のオリジナルのほとんどが別の人の発明であり、エジソンはそれを改良して実際に作品化して活用出来るようにしたという点に着目して発明王と言われているとの説もあるそうです。

そして、この二人の晩年についてはあまり記録が残っていないとも言われています。
そして、僅かながらに残っている記録を紐解くと、

 

この二人は自らの発想や着想が自分の中から出ているのではなく、他の所(源)から来ているのでは・・・

 

と考えるに至り、晩年はその発想や着想の源があの世にあると考え、あの世との交信機器の発明に取りかかったり、あるいは、あの世を証明するための理論構築に多くを費やしたという記録が残っています。
そして、そのような状況を見た学界などは、変人と見なして相手にしなくなったと伝えられています。
つまり、アインシュタインもエジソンも、

 

自らの理論や発明そのものはこの世に存在し適用することが出来るが、その発想や着想の源はあの世からもたらされている?

 

という点を残りの生涯を掛けて突き止めようとしていました。
ここまでお読みなって頂いて感想などは様々かと思われますが、大方のイメ-ジから言うと、

 

あの世はこの世を含んでいる
あるいは、
この世はあの世に覆われている

 

という風に感じ取れるかと思います。
数学的に表すと、

 

この世 ≦ あの世

 

という感じかもしれません。
そして、このような方程式は私達の世界、そして、私達自身にも当てはまる部分があります。
それは、

 

この世 ≦ あの世  ⇄  ネガティブ ≦ ポジティブ

 

という図式です。
皆さんは産まれながらの悪人という赤ちゃんは存在すると思いますでしょうか?
つまり、産まれた時、あるいは、お母さんの胎内にいる時に犯罪を思いつく赤ちゃん・・・
ネガティブ=悪、ポジティブ=善という単純な意味合いではありません。
これは、

 

私達の誰もが持っている個性を方向付ける基盤

 

のようなものです。
そして、私達自身の内面であれ、あるいは、社会や世界の情勢などであれ、

 

ポジティブな面が僅かながらネガティブな面を上回っている事で、(様々な出来事がありながらも、曲がりなりにも)全てが成り立つ事が出来ている

 

と考えられています。
これは量子学における意識の研究や実験などでも既に証明されています。
よく、コップの中にお水が半分残っている際に、「半分しかない」あるいは「半分もある」との見方でネガティブやポジティブを区分けする遊びもあります。
しかし、コップに「5分の1」も、まだお水が残っている!という見方も同時に成り立ちます。
つまり、

 

成り立つというバランスは、「5:5 あるいは 半分:半分」 であるとは限らない

 

という意味です。
繰り返しですが、

 

この世 ≦ あの世  ⇄  ネガティブ ≦ ポジティブ

 

という図式です。
これは「あの世がなければこの世の正義は成り立たない」「この世とあの世は重なっている」「あの世はこの世を含んでいる」と同じ意味です。
そして、私が「何か」が乱れていると感じているとコメントしたのは、実は、

 

この世 ≧ あの世  ⇄  ネガティブ ≧ ポジティブ

 

のように、図式が逆転し始めている、と感じるからです。
つまり、あまりにも「この世的なもの」、例えば、物的なものやお金、名誉、権力などへの「過度」の執着心が溢れ返り、そして、そのような状況を産み出している最大の要因が、

 

私達の心の中で、ネガティブな面がポジティブな面を上回り始めている・・・という、兆しが感じられる・・・

 

という所にあります。
そして、「あの世はこの世がなくても存在する」ともコメントしましたが、これを図式にすると、

 

(この世) ≦ あの世  ⇄  (ネガティブ) ≦ ポジティブ

つまり、

ポジティブな面が存在するには必ずしもネガティブな面が存在しなければならない訳ではない

 

という事を意味しており、「この世とあの世は表裏一体ではない」という面も同じ点に表れています。
そして、それと同時に、今回のようなテ-マは、

 

現実逃避に活用してはならない

 

と強く意識して下さい、と言及した点を覚えているかと思われます。
なぜなら、

 

私達は「今」という「この世」に存在しているから

 

です。
「あの世」が「主」で「この世」が「従」ならば、「あの世」に生き続け「この世」は必要ないではないか?と思う方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、「この世」がなければ先程来のネガティブやポジティブなどの、

 

バランスや調和を取ることを学ぶ術がなくなってしまう

 

という事になってしまいます。
「この世」には男性・女性を始め、様々な民族や人種、国やコミュニティ、そして、様々な意見、そして、動物や植物などとの、

 

存在としての調和の取れたバランス

 

が成り立っています。
そして、この調和の取れたバランスとは5:5でも半分:半分であるとも限りません。
9:1でも調和が取れバランスが取れる事もありますし、その時々で変化していくものでもあります。
しかし、やはり成り立つという意味では、僅かでも構わないので、

 

ネガティブ ≦ ポジティブ

 

という点は維持していく必要性があります。
なぜなら、それが、

 

本来の自然な状態

 

であるからです。
そして、このような面が逆転しながら拡大していくと、あなたの周りの社会、そして、国、そして、世界情勢などに大きくマイナスの面を産み出し、それに直面せざるを得ない状況になってしまうかもしれません。あるいは、既にそのような兆しが現れているかもしれません・・・
そして、それを防ぐのも、あるいは、多少マイナスな面が見えてしまい、それを改善していくにも、

 

自分自身の心の内のバランスと調和を取ることが、スタ-トとなり解決策ともなる

 

という事です。
科学で証明されようと、証明されていないとしても、あるいは、スピリチュアルと呼ぼうと、他に何と呼ぼうと、

 

真実というのは影響を受けないし、変わるものでもない
そして、
後にも先にも変わらずに、ただ、常に、存在し続けているもの

 

です。
スピリチュアルという側面がかなり強い今回の様なテ-マですが、帰結する所は、

 

それぞれ各人の心の内面

 

というテ-マに落ち着きます。
今のような社会的状況がさらに続いていくとすると、あなたの心の内に動揺や不安などが生じるケ-スも多々出てくるかもしれません。
しかし、どのような状況や時であっても、

 

解決策はあなたの心の内にある

 

という点を強く意識することがあなたを助けてくれます。
そして、この世やあの世と言ってきましたが、あの世も今の段階では私達が認識し難い「何か」の一部なのかもしれません・・・

 

そして、今回は長く、深い側面に焦点を当てましたので、そのついでと言っては何ですが、せっかくですので、最初にコメントした「今の世の中の仕組みや内実を知る」ために参考になる点を余談として続けます。
ただし、最初にお断り致しますが、あくまで私が個人的に感じている意見であり、正しいというものではありません。また、他の様々な意見を否定するものでもありませんし、批判するものでもありません。様々な意見があって然るべき性質のものである、という点をご了承下さい。
まず、このような仕組みや内実を知るために大いに役立つのが、

 

あなたがしてきた経験

 

です。
そのような意味で、私は大学が法学部であったのと行政書士という仕事をしてきた事が、私の経験の一部となっています。
先日「共謀罪・テロ等準備罪」が成立しました。
私自身はこの法律に反対ですし、かなり危惧をしています。
成立過程の議論の内容もお粗末ですし、成立方法もとても強引で傲慢に感じています。
同じようなことは、特定秘密保護法、安全保障関連法、あるいは、原発再稼働や武器輸出の解禁なども同様です。

 

賛否の意見は様々あって良いと思います。
ただ、今、例として挙げたのは、幾分反対が多い事に加え、賛成の場合でも説明が不充分であったり、まだ理解が及んでいないという声も多く含まれています。
そして、このようなケ-スにおいて、仕組みや内実を知るには、

 

動機と行動に着目する

 

という点です。
行動にはその根本的な動機が必ず反映されます。
それが強引であっても協調姿勢であろうとも・・・
そして、いくら「言葉」で言い繕うことが出来ても、

 

最終的には「本当」の動機が様々な事象となって現れてくる

 

という点です。
現在、色々話題となっている獣医学部の新設の問題に関しても、「行動の結果」を見れば、自ずと「本当の動機」が見出されるかとは思いますが・・・
そして、今のような状況が続く事を前提とすると、望もうが望まないが、あるいは、興味があろうが無かろうが、早晩「憲法改正」という点に向き合う事になるでしょう。
「憲法」も人が作る物ですし、人が行う事に完璧はありません。
意見も様々あって良いと思います。
そのような観点からも、国民を分断する事なく、また、将来の世代にとって本当に望ましい内容であり、かつ、元々の憲法が持つ「権力を抑制」するという機能が保たれるならば、変えることもあっても良いかもとは思っています。

 

そして、憲法9条は今後色々取り上げられるでしょうが、私が「仕組みや内実」として着目しているのは「高等教育の無償化」です。
この「高等教育の無償化」という「言葉」を聞くと、賛成が多く反対する理由が見当たらないようにも一見感じます。
勿論、恩恵を受けられるケ-スもあるかもしれません。
しかし、ここでさらに活用する必要があるのは、

 

想像力

 

です。
法律や憲法には、必ず「解釈」という余地や幅を含ませています。
これは一昨年の集団的自衛権の解釈が変わったことでご存じの事と思います。
そして、この「解釈」を変えるのは「その時々の政権次第」です。

 

そして、想像力を活用して「高等教育の無償化」の「本当の動機」を見ていくと、おそらく、〇〇円以内の収入の世帯が対象、という条件がつくはずです。
このような条件は予算の面などの現実問題として致し方ない点もあるでしょうし、理解出来る部分もあります。
しかし、この「無償化」される「高等教育」が何なのか?という点に「本当の動機」が潜んでいるようにも感じます。
それは、

 

例えば、(現在の)防衛大学校等を対象とする

 

と「解釈」されるのでは?という点です。
つまり、経済的に苦しい世帯のお子さんが高等教育の無償化の恩恵を受けるには、好きな大学等を選べるのではなく、防衛大学校等、という限定が付く、という事です。

 

私は自衛隊員の方々などの行動を見ていると、東日本大震災でも、あるいは、次々起こる様々な災害などでも同様ですが、本当に良く頑張って命を掛けて行ってくれていると感謝の念を持っています。
また、これから先に防衛大学校などで学んでみたいという方の志や意思も尊重しております。
しかし、「高等教育の無償化」の「高等教育」の「解釈」が狭くされてしまうと、

 

実質的な「経済的徴兵制」を憲法が保証する

 

という現実が作り出されてしまうのでは?という点をとても危惧しています。
また、これが実際に国民投票になるとすると、18歳以上の人が投票権を持ちますが、投票権を持つ方の多くが何らかの教育課程を既に終えているので、

 

積極的に反対する理由が見つからない
そして、
自分にはあまり関係なさそうだし、なおかつ、良さそうな内容でもあるから、あまり考えずに賛成する

 

という心理的傾向が大いに働く事が考えられます。
これは、あくまで私自身が自分の経験の一部である法律、そして、想像力を活用して「今の世の中の仕組みや内実」を知ろうと試みた時に考え得る「将来の可能性の一部」です。
そして、この将来の可能性の一部が、私の行き過ぎた「妄想」であった・・・と、笑っていられる社会であれば良いなぁと感じています・・・
そして、私はテロを起こす気も全くありませんし、勿論、組織的犯罪集団に属してもいませんが、このTOPICSでは現政権に対しては批判的な観点からコメントしている側面もあります。
何の影響力も持たない私ですが、このようなTOPICSの内容も、監視の対象となっていくのでしょうか?・・・

2017年6月18日 02:06

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