「芯」が存在していないのであれば・・・
そもそも「薄皮」も存在出来ない・・・
と言う事です。
つまり、
「芯」というのは・・・
私達の「本質(個性)」とも呼べるし・・・
「言葉」を変えれば・・・
誰もが自分の「内(面)」に・・・
既に(その人なりの)「答え(芯)」を持っている・・・
とも言えます。
そして、前回のTOPICSでも「暗示」を一つのテーマとして取り上げましたが、
この「薄皮」とは・・・言わば・・・
一部の常識・・・思い込み・・・(他の誰かから)植え付けられた観念・・・など・・・
に該当します。
そして、
「薄皮」を「剥いて」いくとは・・・
「気づき」・・・そして・・・「考える」・・・
という事を意味しております。
勿論、この「剥いて」いくとは、他の人の意見や忠告などを無視しても良いという意味ではありません。
様々な視点や意見のある中で・・・
あなたの「自由意思」によって・・・
「取捨選択」をしていく・・・
という意味です。
そして、このような一連の流れの日常生活における現れというのが、
あなたの「思い」「言葉」「行動」に・・・
「繋がって」「重なって」いる・・・
という事です。
そして、今回のような科学的な分野に、魂の視点を「繋げて」「重ねて」みると、
「この世」に存在する限りにおいては・・・
おそらく・・・
「芯」に到達することはない・・・
なぜなら・・・
「芯」と思ったものが・・・
より「大きな」ものの「薄皮」であるかの如くに・・・
更に「繋がって」「重なって」いる・・・
かもしれないからです(笑)
おそらく、このような事象や現象を、宗教においては神や仏と具現化(具象化)して表現してきたのかもしれません。
また、「逆もまた真なり」で、私達の誰もに神や仏が「内在」しているなどの表現に表れているのかもしれません。
、、、真実は分かりませんが(笑)
が、しかし、