優生学思想と魂の原点 ~「比較」の中から生まれる「特別」という落とし穴~

【 この世のみが全てはではない 】

あくまで私の個人的見解ですが、

 

この世で全てが無になるのであれば、人間はとうの昔に存在すら無くなっているのでは???

 

と感じることがあります。

「今」が全てで「この世が全て」であれば、例えば互いに略奪を続け、言わば自分で自分の首を絞めるかの如く、遙か昔に人間という存在は終わっているのでは???ということです。

 

 

なぜなら、「今」と「この世しか」ないのであれば、「今」そして「この世」で出来得る限りの権力や財産を欲しようと考えてもおかしくはないからです。

しかし、現実には全てが全てそうではありません。

 

そうはさせない何かしらの性質が人間にあるのでは???

 

という「性質」が「魂の視点」という意味です。

 

【 全ては他人事では無く自分事として捉える 】

目的があってこの世に生まれ、そして、これからも何度も生まれ変わってくる魂の視点の元で、殺人を犯す、人を傷つける、あるいは、自分は特別だなどの考えや行動は、果たして人間として生まれてきた意味の中に含まれているのでしょうか???

 

同じことは「戦争での殺人は殺人ではない」と言われたりもしますが、これも本当のことなのでしょうか???

人それぞれ色々な考え方や意見があるのが自然であり、他にも考えられる具体例はたくさんあるでしょう。

 

 

私の家族や友人などが今回の事件に巻き込まれていたら、もしかしたら私も犯人を殺したいと「思う」に至るかもしれません。

しかし、そのようなことを実行させない何かも私の中にあると自分では感じています。

それは、復讐しても解決にはならない、更に犯人はこの世を去った後でも罪を償い続けなければならない「生」が待ち構えているという視点も含まれます。

 

魂の存在を「信じるも信じないも」皆さんの自由です!

信じることを強制される性質も全くありません。

ただ、繰り返される現状を考える時に、そこに一石を投じる!?視点も取り入れてみては、、、という一つの提案です、、、

 

【 過度な感情ではなく理性の活用を 】

そして案の定というか、早くもニュースでは危険な思想を持っている人は予め監視や監禁が必要では!?

また、どんな手段を使ってでも防ぐべきでは!?

更に、そのような人の体内にGPSの装置を埋め込んでは!?などの論調が出回っています。

 

 

今回の事件のような思想や無差別テロのケースでは、別に考慮に入れる要素も多々あるでしょう。

しかし、危険な思想!?だけで全てを予め取り締まるのは危険性も伴っています。

なぜなら、危険な思想という定義だけでは、その時々の社会状況により如何様にでも操作・判断されてしまう可能性を孕(はら)んでいるからです。

 

70数年前に戦争を体験された人は、そのような危険性について「身をもって体験」されています。

そうならないためにも、今一度「冷静さ」を取り戻すことも必要です、、、

 

【 至極当然の事でも見えない危機感 】

今回の事件を受けて知的障がい者の団体が「障がい者であろうとなかろうと、一つ一つの命を大切にして尊重して欲しい」との旨の声明を出しました。

「至極当然」のことですが、それでもわざわざ声明を出して訴えていかなければ変わっていかないとの危機感を抱いてのことでしょう、、、

 

 

そして、現在ポケモンGOが流行っています!

私はしていませんが、世間では「賛否両論」あるようです。

 

私個人としては、娯楽の範疇として他の人や施設などの迷惑にならないよう、節度を持って楽しむのであれば良いと思います。

しかし、車の運転中や歩きスマフォ、あるいは勝手に私有地に入り込むケースもあり、事故や検挙が多発しています。

 

先ほどの知的障がい者の団体の声明ではないですが、「至極当然」のことを指摘されなければ気づかないのか???

あるいは、気づいていても守れないのか???

 

どちらかは分かりませんが、ゲームに興じることで自分がケガをしたり、他の人の迷惑になることをする必要性はそもそもありません。

もし、ゲームをしている人は節度を持って楽しんで下さい!

 

そして、その姿を小さい子どもはよく見ています

どうぞ、大人であれば「分別」のある姿勢を子どもに見せてあげて下さい、、、

 

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