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魂の視点に「普通(の人)」って有り?無し?

こんにちは!
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

徐々に秋めいて来ておりますが、寒暖の差も激しくなっていく頃合いでもありますので、どうぞ体調の変化にはご留意下さい。
ところで、前回のTOPICS「ヒプノ(催眠)と魂の視点から考える「HSC(HSP)」」においては、

 

『 いわゆる「普通」と言われる人々では・・・ 』

 

などのように、「普通」という言葉を、敢えてカギ括弧(「  」)付きでコメントして参りました。
また、枕詞(まくらことば)のように、わざわざ「いわゆる」という表現を付しましたのも、そこには、ある種の皮肉?も込めてお伝えして参りました(笑)

また、前回のTOPICSでも参考までにご紹介致しました、2018年6月16日のTOPICS「発達障害から学ぶ様々な視点」においても、

 

『 「普通(あるいは、人並み)」って・・・何なのだろう??? 』

 

ともコメントしております事から、今回は「魂の視点に「普通(の人)」って有り?無し?」というテーマをお届け致します!
では、最初に皆さんに問い掛けを致します。
それは、

 

皆さんは・・・

「普通」って何ぞや?って事を・・・

「普通」に考え、「普通」に理解しているでしょうか・・・???

 

とのものです!
禅問答みたいですね(笑)
では、まず、結論から申しますと、

 

魂の視点においては・・・

「普通」って・・・

いわゆる「普通の人」って・・・

存在していない!!!

 

というものです(笑)
また、これは、誰もが文字通りに理解出来る事でもありますが、

 

皆・・・誰しもが・・・それぞれ違う

 

という事も意味しておりますが、実は、この点はさほど重要ではありません(笑)
なぜなら、このような事は、誰かに言われたり、教えて貰うような事でもなく、

 

当たり前(至極当然)の事である・・・

 

からです(笑)
ちなみに、以前に流行したSMAPの「世界に一つだけの花」の歌詞の『 もともと特別なOnly one 』や、映画アナと雪の女王の主題歌であった「レット・イット・ゴー」の歌詞の『 ありのままの~ 』などを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれませんが、ここでの意味合いは若干違ってきます(笑)

 

ところで、皆さんも、親御さんやお子さんなどのご家族、知人・友人、あるいは、職場の人など、あなた自身を取り巻いている人間関係というものを、それぞれに築かれている(創り上げている)事と思います。
そのような状況の中で、

 

あなたが・・・あなた自身を・・・「普通(の人)」・・・と捉えるという事は・・・

「あなた以外の人」は全て・・・

「普通」ではなくなる(「普通」ではいられない)・・・

 

という帰結になってしまいます。
勿論、ここには「あなたの愛する人」も含まれてきます(笑)
なお、この帰結とは「屁理屈」でも「天の邪鬼(あまのじゃく)」でもありませんので(笑)
そして、

 

もし、あなたが・・・

理屈がどうであれ・・・

色々と考えた末でも・・・

「私」は、やはり「普通(の人)」だ!!!

 

と、自分自身の事を捉えたとすると、

 

あなたは・・・

この世もあの世も宇宙全体も含め・・・

唯一無二の・・・

「普通の人」になる・・・

 

という事は可能なのかもしれません(笑)
またまた禅問答のようで、足がしびれて来た頃合いかもしれませんね(笑)
そして、このような禅問答に、飛躍した?誇張した?魂の視点を当てはめてみます!
それは、

 

もし、仮に・・・

「普通の人」が存在しているとすれば・・・

 

それは・・・

地球上の人間が言う所の・・・

いわゆる「神」となる・・・

 

という事になります(笑)
ただ、これも正確ではありません。
なぜなら、

 

「神」という存在がいるとすると・・・

「神」の「本質」とは・・・

「普通」ではなく・・・

「普遍」である・・・

 

からです(笑)
では、ここで、少し国語の解説を致します!
広辞苑(第六版:岩波書店)によると、

 

「普遍」:あまねくいきわたること。すべてのものに共通に存すること。

「普通」:ひろく一般に通ずること。

 

と掲載されておりました。
そして、他の辞書などで調べてみると、

 

「普遍」の対義語は・・・特殊、固有 など

「普通」の対義語は・・・特殊、特別、特異、異常 など

 

となっている模様です。
では、ここ迄お読みになって頂いた皆さんを裏切る?あるいは心苦しく?感じながらも、先ほどとは少し矛盾した結論を申し上げます!
それは、

 

魂の視点においては・・・

「普通(の人)」って存在はしていないが・・・

「普通(の人)」って・・・「有り」でも良く・・・「無し」でも良い・・・

 

というものです!
これも、このTOPICSで繰り返しお伝えしております通り、「二者択一」という問題ではないからです(笑)
そして、ここでの「なぜなら、、、」というのは、最後にお伝えして参ります!

 

では、ここからが今回のテーマの真の目的に入って行きます!
と言うのは、

 

現在の世の中や社会における「普通」とは・・・

「多数派」である事を「普通」と捉えている・・・

 

という傾向がとても高くなっています。
そして、ここまでなら、仮に100歩譲って「まだしも、、、」となる事もあり得るのかもしれませんが、

 

近頃の世界(各国)でも、日本においても・・・

(それこそ、過半数にも満たない)「多数派」が・・・

権力や差別などの鎧を駆使して・・・

自分達こそが「普通」である!

 

という論調や現象が、とてもとても頻繁に見受けられるようになっています。
そして、このような論調や現象が行き過ぎを見せてくると(既にその兆しも現れていますが)、

 

自分(達)だけが「普通」であり・・・「特別」であり・・・

「普通でない人」は・・・

自分(達)より・・・劣っており・・・異常であり・・・(生きる、生き残る価値が無い)・・・など

 

という、様々な悲劇を引き起こした「優生保護思想」などと、いとも簡単に繋がってしまう危険性がとても高くなります。
そして、私達の日常の会話においても、

 

「普通」に考えれば・・・分かるでしょ

 

などの使い方もよくしますよね(笑)
そして、これは、

 

「常識的」に考えれば・・・分かるでしょ

 

の表現に、これもいとも簡単に置き換える事が出来ます(笑)
そして、このTOPICSを継続してお読みになって頂いている方は、もうお分かりかと思いますが、

 

世の中や社会で使われている「常識」の中の「一部」には・・・

(他の)人をコントロールする為に、生み出されたものも(多々)ある・・・

 

という点です。
そして、そもそも「常識」というのは、国や文化や時代や年齢など、様々な要素において、様々に存在し、様々に違っているのが自然なものです。
これが「郷に入れば郷に従え」とも(ポジティブな面で)言われているものです(笑)

そして、これも幾度もお伝えしておりますように、顕著になって現れてきているのが、

 

(行き過ぎた)〇〇ファースト

 

です。
スポーツなどの分野では、アスリート ファーストなどとも言われたりしますが、オリンピックにしても、開催時期や競技開始時刻などにおいて、TVの放映権などの関係で調整?優先?されているのは、かなり前から指摘されているものでもありますし、「商業主義・商業オリンピック」などと呼ばれて(揶揄されて?)久しくもなっています。
そして、

 

(行き過ぎた)〇〇ファーストとは・・・

ネズミ講と同じように・・・

生き残れるのは・・・

たった「一人」だけ・・・

 

という帰結に結び付きます。
そして、これも繰り返しですが、

 

この世に・・・

たった「一人」しか存在していなければ・・・

その人は「自分(自身)」を認識出来ない・・・

 

という本末転倒な現象にまで行き着いてしまいます。

そして、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、奇しくも?国連で先日まで行われていた気候変動サミットにおいて、グレタ・トゥンベリさん(16歳)の気候変動への訴えの演説がニュースでも取り上げられておりました。
その各国の首脳やリーダー(大人たる私達も含め)へ向けての彼女の訴えが、

 

『 絶滅の始まりという危機に瀕しているのに・・・

  金の話や永遠の経済成長という、おとぎ話ばかり・・・

  How dare you!(よくもそんなこと言えるわね!) 』

 

とのものでした。
賛否も含め、様々なご意見やご感想などもある事と思いますし、また、ここでも、「右(派)」だ「左(派)」だなどの、相変わらず?の「二者択一」からの個人攻撃や非難もなされている模様であるのは、とても悲しくて嘆かわしい事です、、、
そして、勿論、お金や物(質)も必要であり大切なものでもありますし、今さら電気も使えない原始時代に戻れない事は火を見るよりも明らかです(笑)
ただ、彼女の演説内容には、

 

魂の視点からの・・・注意喚起(警告)・・・

 

というものも含まれているとも、個人的には感じております、、、
そして、ここで最大のキーポイントとなるのが、

 

調和とバランス(をどう保つのか?)

 

という視点になります。
そして、

 

バランスにおいては・・・

一見すると「5:5」で釣り合いが保たれているようにも感じるが・・・

ほんの少しでも、どちらかに傾き始めると・・・

(瞬く間に)不均衡が生じてくる・・・

 

のはご理解頂けるかと思います。
そして、

 

調和においては・・・

(例えば)「7:3」でも「9:1」でも調和を保つ事は可能であり・・・

これには無数とも言える組み合わせが存在しており・・・

 

そもそも・・・

調和には「重なっている」という本質も備わっている・・・

 

ものにもなります。
そして、

 

このような調和とバランス(を保つ)という中において・・・

「普通」という要素は含まれているのか・・・?

 

そもそも・・・

「普通」に調和とバランスを保つ事は・・・

果たして「普通」に可能な事なのでしょうか・・・?(笑)

 

宜しければ、今回のTOPICSは、「当たり前」と捉え、「当たり前」と感じている、「普通(の人)」って何ぞや?を、改めて「考える」素材にでもしてみて下さい!

2019年9月28日 03:09

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