
【 インド独立 】
1947年8月にイスラム教徒が多数派の(東と西の)パキスタンとヒンズー教徒が多数派のインドに分離して独立を果たします!
しかし、分離独立後にインドへ向かうヒンズー教徒とパキスタンへ向かうイスラム教徒で両方の国が大混乱に陥り、各地で宗教対立の暴動が起こり約100万人も亡くなったと言われます。
こうした状況の中、78歳のガンジーは地方を周り《 融和 》を訴え続けます。
特に混乱の激しかったデリーに入った時には、争いが収まるまで断食を続けると宣言します。
つまり争いが止まなければ「自らは死ぬ」と民衆の良心に訴え掛けます、、、
すると、次第に争いが止み、5日後に断食を中止する事が出来ました。
【 同胞の凶弾に倒れるガンジー 】
1948年1月30日、ガンジーは祈りを捧げる為に外出した時に銃弾に倒れます。
犯人は「ガンジーの宗教融和はイスラム教徒を擁護し、ヒンズー教徒の権利を脅かす」と主張したヒンズー教過激派の男でした。
つまり、ガンジーの同胞(同じヒンズー教徒)という事です、、、
翌日の国葬では100万人以上の人々が集まり、遺灰はガンジス川に流され弔われました、、、

では、ガンジーの生涯はここで終了です!
争いの絶えない、、、と言うより、争いが過激化し続けている現在の世の中や社会ですが、「非暴力・不服従」を取り上げるのではなく、今回のテーマは「拘(こだわ)りの功罪」です!
【 今回の総括 】
冒頭では《 自らの軸や芯(の創造) 》、《 思い・言葉・行動の一貫性(を保つ) 》、《 過度な二者択一(に陥らない) 》という3つのポイントをコメントしました。
そして、ガンジーの極端な禁欲生活からは、
自らの軸や芯を自らの範囲内で実践するのは良いが・・・
次第に他者にも強制したいとの思惑や欲望も生まれる危険性がある!!!
というのが一番嵌(は)まりやすい落とし穴になります!
少し感じは違うかもしれませんが「鍋奉行」なども当てはまる!?かもしれません(笑)
そして、この拘りから生まれやすい「強制」には、
何かをさせるという「作為」と、何かをさせないという「不作為」の両方が含まれる!!!
という事になります。
そして、ガンジーの「人となり」では、
《 功 》の面としては「理想」と「公的(パブリック)」には意識を向けていたが・・・
《 罪 》の面としては「現実」と「私的(プライベート)」に目を向けるのを疎かにしていた・・・
という面はあるのかもしれません。

そして、ここも「過度な二者択一」や「調和とバランス」、更に「他人事と自分事」という視点にも結び付きますが、
誰もが誰かを反面教師としており・・・
あなたは誰かを反面教師にすると同時に・・・
あなたも誰かの反面教師となっている・・・
という視点を保つ事が《 自律・自立 》の実践に役立ちます!!!
そして「功罪」とは「総合的評価」という側面からの見方ですが、総合的評価をする為には一つ一つの「事実の積み重ね」が必要となり、これを私達に当てはめてみると、
《 実践 》を通して初めて「事実」となる!!!
という事になります(笑)
ちなみに、ガンジーの長男は父の事を「二枚舌」と思っていたのかもしれません、、、
ガンジーも父として、もう少し「丁寧に理由を説明」していたら、二人の関係も違っていたのかもしれません、、、
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・ 『 アンバランスへの対応法 ~軸や芯の創造には知り・考え・気づく事~ 』
・ 『 「(過度な)二者択一」は避けた方が望ましい理由 ~グラデーション(濃淡)の活用を~ 』
・ 『 「芯」に惚れ込む ~時と場合によっては頑固や意地っ張りも活用してみる~ 』
・ 『 あなたも誰かのお手本になっていますよ ~反面教師も活用する~ 』
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