華岡青洲に学ぶ丁寧という姿勢 ~活物窮理を人間関係に当てはめる~

【 世界初の全身麻酔による乳がん手術 】

話を戻します!

エーテルの発明に遡ること「約40年前」の江戸時代中期、日本で全身麻酔による乳がんの手術が「既に」行われていました。

残存する詳細な記録としては、これは世界初(の出来事や偉業)と言われます!

 

そして、これを成し遂げたのが、今回の華岡 青洲(1760~1835年)です!

華岡は紀州藩(現在の和歌山県)の小さな村で、代々に渡り村医をしていた家に生まれ、後に華岡も医師になります。

 

 

【 魂の視点では生まれる環境も選ぶ 】

ここも寄り道です!

以前のTOPICS『 環境が人を創る事の功罪(光と闇) ~スタンフォード監獄実験&ジキルとハイドより~:前半後半 』では、私が2歳頃に、父が病院の勤務医をしていた話を紹介しました。

 

その病院で父と一緒に働いていた、外村先生という方がいました。

その子どもが、大御所かつ人気バンドのGLAYのギタリストのHISASHI(ヒサシ)さん(本名:外村 尚さん)です!

 

お互いに社宅住まいの隣近所だったので、父が外村先生の家に遊びに行った所、「外村先生は凄いオーディオ機器を持っていた!」と、後に父から話を聞きました(笑)

 

ところで、「蛙の子は蛙」「鳶が鷹を生む」「三つ子の魂百まで」との言葉もあります。

魂の視点では《 子どもは親を選んで生まれて来る 》になります。

そして、「選んで」という一つの要素には、

 

自らの(魂の)目的を叶える為に、《 (広く大きな意味の)環境 》も含まれる

 

という事です!

 

 

【 人生に無駄は無い 】

話を戻します!

華岡は若い頃、当時の医学の中心地だった京都で、3年間を過ごします。

その時、オランダ医学の大家である、蘭方医の大和 見立(やまと けんりゅう)から外科を学びます。

 

しかし、その後に紀州に戻り、診察や治療をしようとしても、患者が怖がって手術を受けない!!!ので、力を発揮する事が出来ませんでした。

 

ちなみに、当時の幕府や藩には「お抱え医師」がいましたが、治療は漢方薬の服用が中心でした。

また、庶民を診る医師は資格も無く、自称医師」として診察や治療が行われていた時代です。

 

そこで華岡は、「手術を受ける時に、全身麻酔のような効果があるものは、何かないか???」と思索を続けていました。

すると、幼少の頃に父から聞かされた話を想い出します、、、

 

それは、中国の後漢時代に存在したと言われる、伝説の名医の華佗(かだ)でした。

華佗は患者に麻沸散(まふつさん)という薬を飲ませ、眠らせた上で、手術をしていたという話です。

 

 

そして華岡は、麻沸散を現代(当時の江戸時代)に蘇らせる取り組みを始めます!

 

実は、華岡は京都で過ごした際に、漢方(医)の大家の吉益 南涯(よします なんがい)からも学んでいました。

故に、薬草の知識も豊富でした!

 

【 前人未到に踏み出す 】

調べを進めていくと、草鳥散(そううさん)という痛み止めの薬に出逢います。

この薬には11~14種の薬草が使われ、温かい酒に溶かして服用していました。

 

そして華岡は、重要な薬草はその内の2つであると、狙いを付けます!

 

一つは、烏頭(うず)というトリカブトの根で、アコニチンという「鎮静作用」があります。

もう一つは、曼陀羅華(まんだらげ)という花で、スコポラミンという「意識消失作用」があります。

 

しかし、どのように配合すれば良いのか???が、一番の難題でした!!!

 

薬草とは言え、匙(さじ)加減」を少しでも間違えば「毒」となり、患者は「死」に至ります、、、

 

 

こうして華岡は、前人未踏の「全身麻酔薬」の研究と開発の道に足を踏み入れ、邁進していきます、、、