華岡青洲に学ぶ丁寧という姿勢 ~活物窮理を人間関係に当てはめる~

【 「真似る」と「同化」は違う 】

華岡は草鳥散を分析し、改良に改良を積み重ねていきます!

しかし当時では、研究途中の薬の効果や適正量を「確かめる術」もありません。

 

また、近所の動物で動物実験もしますが、人間と動物とでは、やはり「違い」があります。

ましてや、人体実験(現在の臨床試験)も出来ず、研究と開発は行き詰まります、、、

 

 

すると、華岡の母と妻が、「私達が被験者になる」と申し出ます。

しかし、結果として、母は麻酔から覚めずに亡くなり、妻は薬の副作用で失明した、、、という逸話が残っています。

ただ、この逸話の「真偽」は定かではありません!!!

 

では、寄り道です!

これもTOPICSでは、幾度も伝えている視点ですが、

 

憧れの人を《 真似(まね)る 》事は、大切で役立つがあるが・・・

憧れの人に《 同化 》してはいけない!!!

 

というものです!

なぜなら、

 

憧れの人が「辿った足跡」と、似通った「経験」をしがちになる!!!

 

からです!

 

故に、

 

感謝して、「他者の経験」から学ばせて貰う!!!

 

のも、大切で必要な姿勢です!

 

 

【 焦らず準備万端に整える 】

話を戻します!

母と妻の協力を無に帰さない為に、その後も華岡は、更に研究を進めていきます!

 

華岡の門弟の記録によると、研究開始から「10年後」には、十数人に全身麻酔薬の効果が認められるようになりました。

そして、6種類の薬草から配合を割り出し、華岡は通仙散(つうせんさん)と名付けます。

 

しかし、その後の華岡は、通仙散を用いた手術をすぐに行う事はしませんでした。

それどころか、更なる「安全性と効果」を高め、副作用の「解毒剤」の開発など、実用化に向けた準備に徹底的に取り組んでいきます、、、

 

【 真の動機を大切にする 】

研究開始から「18年」経った「1804年」の事です。

他の医師達から手の施しようが無いと言われた、末期の乳がんの女性が華岡の評判を聞きつけ、最後の希望、藁(わら)にもすがる思いでやって来ました。

 

この時、華岡は京都で過ごしていた折に、「乳がんは外科手術で切除出来る」と、本で読んだ事を想い出します。

しかし、なかなか手術に踏み切る事が出来ませんでした。

 

ただ、女性の切なる懇願で、華岡は全身麻酔薬を用いた手術を決断」します!!!

 

手術は無事に成功し、女性は20日程で退院出来たと言われています。

これが『 残存する詳細な記録としては、これは世界初(の出来事や偉業)と言われます! 』との、世界で初めての全身麻酔による外科手術(の成功)になりました!!!

 

 

その後は乳がんのみならず、他の病気にも適応させ数多くの命を救い、華岡の後継者達により日本全国に展開されます!

 

そして、華岡は今まで通り、自宅兼診療所の「春林軒」で治療を続けます。

そして、華岡の元に医学を志す大勢の人が学びに訪れます。

 

その門下生の数は千人以上と言われ、門下生は麻酔や手術の技術を身に付けた後に卒業となります。

しかし、卒業の条件として、華岡は門下生に誓約書に署名する事を求めます、、、

 

その内容が、

 

『 同門の人以外に手術や全身麻酔薬の扱いなどを教えたりしてはならない 』

 

でした!

 

この《 真の動機 》にあるのは、(一部の)門下生が全身麻酔薬の創り方などの「情報(現在の特許)」を他者に売る事を防ぐ目的があったと考えられています。

 

しかし、「これ迄の華岡の姿勢」を鑑みると、使い方を少しでも間違えれば死を招きかねない薬である事から、

 

何よりも「患者の安全を第一に考えて」が一番の主眼!!!

 

と、捉えられています!