【 Believe Againから 】
気分をガラッと変えて!?浅香 唯さんの『 Believe Again 』(作詞:麻生圭子)の歌詞を取り上げます!
この曲は、私が15歳(中高生の頃)の1988年に発表され、当時、録音したカセットテープも残っています(笑)
そして、この曲に《 改めて出逢った(聴き直し好きになった) 》のが30代後半の時で、更に、ここ最近《 再び新たに 》よく聴いています!

そして、同じく著作権法上の引用の範囲内のルールを守った上で、歌詞を紹介します!
そして、私の妄想!?と魂の視点、更にキング牧師が残した幾つかの言葉を「参照:【 】」として交え、展開させます(笑)
ちなみに、私は無宗教であり、キング牧師(の言葉)を《 美化(美談) 》するものでもなく、《 中立(ニュートラル) 》に眺めて下さい!
人は傷つけあい 夢を覚えていくの 天使じゃない
くじけた時にしか 見えないものあるよね 青春は
涙の止め方 上手になるより もっと深く今を知りたい
Believe Again 失(な)くすものさえ ない今が 強くなるチャンスよ
だからTry Again 歩いて行くの もう一度 いつか夢は 現実(ほんとう)になるから
膝を抱えながら なぐさめの内側に 逃げ込んでた
悲しみの結び目 解(ほど)けるのは自分の 両手だけ
大人になる度 孤独の長さは そっと深く延びていくけど
Believe Again 心の中を 新しい風で満たしたいよ
だからBreath Again 信じることが 大事ね ツライ夜は 長く続かない
では、歌詞はここで終了です!
○ 『 人は傷つけあい 夢を覚えていくの 天使じゃない 』
ここは、
私達は誰もが《 未熟な面 》があるからこそ、この世に生まれて来ている
という魂の視点が当てはまります。
この視点を保つ事が出来れば、《 傲慢(という姿勢) 》に陥る危険性を、かなり減らせます!
参照:【 最大の悲劇は、悪人の圧制や残酷さではなく、善人の沈黙である。 】

○ 『 くじけた時にしか 見えないものあるよね 青春は 』
ここは、「青春」の視点を派生させると、
魂という永遠の眺めからは・・・
この世の私達の多くは、《 ヨチヨチ歩き 》の存在である・・・
という事です。
しかし、裏を返せば《 今ここから、青春がやってくる 》という事になり、必ずしも「くじける経験」をする必要性もありません(笑)
その為に、「反面教師」「自分事(として想像する)」「磨き砂」など、これも《 関係性 》があってこそ、可能になります!
参照:【 結局、我々は敵の言葉ではなく、友人の沈黙を覚えているものなのだ。 】

○ 『 涙の止め方 上手になるより もっと深く今を知りたい 』
ここは、
不安や心配の「種」のほとんどは、《 過去と未来に 》属しているもので・・・
《 今に在る 》為には、自らをドンドン表現する!!!
という「実践」をする事で、「実感」が湧き出ます!
故に、泣きたい時はドンドン涙を流して良く、これも自己表現の大切な一部です!
そして、思いっ切り、充分に涙を流した後には、《 切り替え 》をすれば大丈夫です!
参照:【 問題になっていることに沈黙するようになったとき、我々の命は終わりに向かい始める。 】

○ 『 Believe Again 失(な)くすものさえ ない今が 強くなるチャンスよ 』
ここは、
私達は《 裸一貫 》で生まれて来る
のが事実です。
しかし、生きる上では、失いたくない人や物が増えていくのも「現実」です(笑)
故に、《 失う前に気づけるように 》です!
参照:【 人生で最も永続的かつ急を要する問いは、「他人のために、今何をしているか」である。 】

○ 『 だからTry Again 歩いて行くの もう一度 いつか夢は 現実(ほんとう)になるから 』
ここの、「歩いて行くの」とは、
《 思い・言葉・行動 》の一貫性を保つ!!!
という実践が、《 体現(としての歩み) 》になります!
参照:【 疑わずに最初の一段を登りなさい。 階段のすべてが見えなくてもいい。 とにかく最初の一歩を踏み出すのです。 】
