【 看守の中に生まれる軋轢(あつれき) 】
実験の第1日目、看守も囚人も《 平穏に 》過ごし、看守にも《 高圧的な態度(言動) 》は見られませんでした。
しかし、第4日目になると、囚人が不自由な暮らしに不平不満を漏らし、看守に激しく抵抗します。
そこで、一人の囚人が「タバコをくれたら抵抗を止める」と話すので、看守はタバコを与え《 良心的な(!?)態度 》を保つ事にしました。
しかし、タバコを与えた問題を巡り、《 その後に 》看守達の間で軋轢が生じます、、、
「他の囚人も見ていたから、囚人でも好きなように出来る事を理解させてしまった」
「囚人のやりたい放題になる」
「もっとキツくするべきだ」
「いや、そんな事はない」
このように、《 皆が同じ役割を担っている 》看守達の間で、《 意見や考えがバラバラ 》になり始めます、、、

この傾向を、「後に」ハスラムは、次のように分析します、、、
ハスラム:
『 ジンバルドーの実験では、彼が看守のイメージを指し示す事で看守役に仲間意識が芽生え、集団として力を合わせようとしました。 しかし、BBC監獄実験ではそうならなかった。 彼らは看守のイメージがバラバラな為、自分が所属する集団を信じなかったからです。 一方で囚人は自分達が不当な扱いを受けていて、置かれている状況を変えるべきだと考えが一致し、囚人役としての行動が明確になったんです。 社会心理学では、集団の一員である事を強く意識する「社会的アイデンティティ」という考えがありますが、囚人役は、まさにこれを共有したのです。 』
【 仕切りが取れた看守と囚人 】
そして、一部の囚人は監房から脱獄を図り、成功します。
すると、看守は囚人を罰するどころか、囚人との《 話し合いに応じる 》事態になります。
その結果、看守と囚人という《 立場を無くした平等な 》共同生活に切り替わります。
これにより、監獄実験《 そのものの全体(趣旨) 》が崩れ去りました、、、

この《 ある種の異常事態 》について、監修者の二人が「後に」出した論文で、次のように書いています、、、
二人の論文:
『 この研究の単純明快な発見は、スタンフォード監獄実験とは異なり、「人は与えられた役割に、無批判で従う訳ではない」という事である。 BBC監獄実験では、権力を持ったグループのメンバーがどのように行動するかは、特定の社会的アイデンティティに関連する規範と価値観に依存する事を示唆した。 』
つまり、「権力を持つ立場になっても、集団の価値観が一致しなければ、邪悪になる訳ではない」と結論付けました。
しかし、後に実験は急展開し、平等な新しい共同体の観察も引き続き行われる中、《 再び波風 》が立ち始めます、、、
それは、
皆が《 銘々で勝手に振る舞い 》、刑務所の運営がまとまらなくなり・・・
それにより《 更に不満を抱える人(看守と囚人の両方) 》が増えていく事態・・・
になります、、、

【 機能崩壊が独裁者を生む 】
すると、一人の囚人が「命令を実行するには、強力なリーダーが必要」と訴えます。
そして、看守と囚人の立場を《 復活 》させます。
しかし、元は囚人の《 自(みずか)らが 》看守のリーダーとなり、それに《 同調する 》元の囚人仲間3人を看守役に任命し、《 他の残り全員 》を囚人とし、《 自分達に従わせよう 》とします。
この新たな看守の《 行動(言動) 》に対し、ハスラムは次のように述べます、、、
ハスラム:
『 民主主義システムが機能しなかったからこそ、彼(囚人から看守のリーダーとなった人)は代替案が必要だと感じた、そう推測します。 歴史的には1920年代、1930年代のドイツがその典型的な例です。 物事が壊れ上手くいかなくなると、強いリーダーシップを求める声が生まれ、それを実行出来ると期待される人が影響力を持つようになるのです。 』
こうして、《 普通の 》男性が集まった模擬刑務所の実験現場でも、危険性が高まった為、8日目で実験は中止になりました、、、

そして、二人は次の通り結論付けます、、、
二人の結論:
『 スタンフォード監獄実験では、囚人が抵抗を諦めた事で看守の暴政が強化されたが、BBC監獄実験では、コミュニティの失敗が新たにファシズムを出現させる道を開いた。 』
つまり、今回の実験で観察された状況は、《 独裁者の誕生と非常に似ている 》と結論付けました、、、