『 わたし(童門 氏)たちの子供時代も同じだった。
体罰というのは、かならずしも物理的に肉体に打擲(ちょうちゃく)を加えるということだけではない。
「屈辱感」も与えられた。
むかしの小学校などでよく、「廊下に立たされる」という罰があったが、これは教室内で被(こうむ)る屈辱感を、さらに拡大して教室外でも受けるということだ。
つまり通りかかるよその組の生徒たちからも、笑われるという恥をかかされることだ。
しかし、案外これはきいた。
教室外に立たされると、よく水のはいったバケツをぶら下げさせられたり、頭の上に雑巾(ぞうきん)を乗せられたりした。
屈辱の上塗りだ。
こういうことがいやでたまらないから、「是が非でも勉強しよう」ということになる。
現在なら「まるでイヌのようだ」といわれるだろう。
しかしむかしの子供は、こういう目にあったからといってかならずしもいじけたりひがんだりしたわけではない。
案外素直だった。
「こういう悪いことをすれば、そういう目にあう」ということがルール化され、あるいはマニュアル化されていた。
したがって、そういう罰を受けたからといって、先生を憎んで、いまのように暴行を加えるなどということは絶対になかった。
そこに、なんともいえない「心の結びつき」があったからだ。
「信頼関係」といってもいい。
だからある程度の年齢に達した人たちの間でよく、「むかし叩いてくれた先生ほど懐かしい、叱ってくれた先生ほど慕わしい」ということばが出るのは、体罰を加えた先生側にも、「その生徒に対する愛情」があったからである。
いまは果たしてどうなのだろうか。 』
では、長くなってしまいましたが、素材はここで終了です!
そして、繰り返しですが、私は体罰を肯定している訳でもありませんし、「考える」素材としてのご紹介です。
そして、童門 氏におきましては吉田松陰や頼山陽に対しては「客観的」な視点を活用し、ご自身に対しては経験なども含めた「主観的」な視点を交えてのお話であろうと思います。
そして、吉田松陰や頼山陽の時代、童門 氏の幼少時代、そして、この著作は2001年に発行されたものである事から、その時から「今では」20年近くの時も経て、それぞれに環境や状況などにも違いがあります。
そして、私達の「意識」も変化して来ております。
ただ、
変化とは自然に訪れてくるものではなく・・・
変化とは意識的に創り上げていくもの!!!
というのも事実であり真実です。
そして、体罰と躾の境目や線引きというのも人それぞれ様々な捉え方や考え方があり、そもそもが境目や線引きする事が可能な事であるのかどうかも分かりません。
ここにも「繋がり」のみならず「重なり」という「反映」が現れているからです。
ただ、
世間体や見栄などで従わせようとしているのか・・・
感情で当たり散らしているだけなのか・・・
心の底からの自律や自立を願っての事なのか・・・
つまり「真の動機」がどこにあるのか・・・
というのが一つのポイントとなるかもしれません。
そして、