分断させての接近という(自己)矛盾 ~人獣共通感染症とパンデミックから~

インタビューにお応えになっている方々の言葉の「端々(はしばし)」にも既に出ておりましたが、

 

私達という人間が植物を自然から分断し・・・

私達という人間が動物を自然から分断し・・・

私達という人間が植物と動物を分断し・・・

 

一方で・・・

人間は植物や動物の気持ちもお構いなしに・・・

土足のままズケズケと自然界(生態系)に踏み入ってしまっている・・・

 

と言っても過言ではありません。
また、人獣共通感染症が更なるパンデミックを引き起こすリスクを伴っていながらも、森林伐採等を続けざるを得ない理由の大きなものが『 全ては経済的な動機 』とも出ておりました。

日本でも、ここ数年来では《 今だけ 金だけ 自分だけ 》という言葉も生まれ、これも残念ながらその通りになってしまっています。
また、現在のロシアとウクライナ(アメリカと西欧)の戦争でも莫大なお金がつぎ込まれており、一方では、それにより莫大な利益を得ている企業等も存在しています。

そして、現在の新型コロナウイルスの対策でも、日本を含め世界各国で莫大なお金が注がれていますが、「同じ事(パンデミック)を繰り返さない」為の予防策としての支援や対策には「雀(すずめ)の涙」ほどのお金しか費やされていないのが実状です。

そして、これも以前のTOPICSにおいて既にお伝え済みの事ではありますが、

 

世界には全ての人々に行き渡るだけの物資等が存在している・・・

が、しかし・・・

どこかで堰き止めている(買い占め等も含め)誰かや何かが存在している・・・

 

という事です。
そして、ここでも莫大な利益を儲けている誰かや何かが存在している構図は同じです。
そして、今回の人獣共通感染症の現場を見渡してみても、その構図は私達の身の回りの人間関係やコミュニケーションにおいても同じです。
これが、

 

物事や出来事は大なり小なりそれぞれを「反映」している

全体は部分を「反映」し、部分は全体を「含んで」いる

 

という証になります。
また、この「反映」と「含んで」というのは「繋がり」と「重なり」と同じ事です。

そして、冒頭では「五月病」に触れ、『 余談は、、、 』との奥歯に物が挟まった物言いに何かを感じていた方もいらっしゃるかもしれません(笑)
そして、これも幾度もお伝えさせて頂いている点ですが、