迷信に魂の視点で斬り込んでみる!?(笑):前半 ~自己及び他者の観念を知り気づく~

○ 《 火遊びをする子どもはオネショをする 》

これに関しては、子ども心にオネショは「気恥ずかしい」などの思いもある事でしょうから「脅し(という教え)」の面があるのは私も否定は致しません(笑)
やはり、教え(教育)の中には「二度と同じ事を繰り返さない」為に、敢えて「転ばせる」というケースもある事でしょうし、「過保護」になり過ぎずに「七転び八起き」のように「自律・自立」を促す面への働きかけもとても大切で必要になります。

 

そして、私達の「潜在意識」は様々な経験や記憶を保持しています。
ここには、無意識(無自覚)ながらも些細な事柄や出来事も含まれています。
そして、火を消す為には水が効果的である事は、火遊びが出来る(出来そうな)くらいの年齢の子どもさんであれば、それを既に理解しています。

つまり、もし、このような火遊びが原因で本当にオネショをしてしまった場合には「罪悪感」という自責の念が、幼い心ながらにも既に「芽生えている」事の証ともなります。
また、それを「夢」の中で解消しよう(火を消そう)と「心と体は連動(協働)している」事の証(オネショをする)ともなっています。

 

そして、火遊びはダメ!と言われても、ついついしてしまうお子さんもいらっしゃるかもしれませんが、多くの場合ではちゃんと聞き入れ納得し、自制(自省)などの「思い・言葉・行動の一貫性」に結びつき、二度と同じ事を繰り返さないという「体現」となって成長していきます。

しかし、現在の「大人」の世の中や社会ではどうでしょうか???
ダメ!と言われているものを行い、それを咎(とが)められぬように「嘘」をつき、証拠が残らぬように「改竄(かいざん)」し、挙げ句の果てには証拠すら残されぬように(見つからぬように)メモや録音を禁じて「全ては(全てが)無かった事」にし、もはやそこには「罪悪感」という自責の念すら欠片もなく、何度も同じ事を繰り返している、、、

もはや「大人」における「気恥ずかしさ」などの「歯止め」は何処に行ってしまったのでしょうか、、、

「火のない所に煙は立たぬ」や「火を見るより明らか」などの言葉もありますが、このような事の全てを覆い隠しているのが「無関心」であり「他人事」という「姿勢」から来ております、、、

 

では、最後は辛辣!?な締め括りとなってしまいましたが、今回そして次回にお届けするもの以外にも迷信は数多く存在しておりますし、もし宜しければ、次回の後半までに皆さんご自身における「気になっている迷信」などを「自己分析(自分は何を信じているのか???)」してみては如何でしょうか(笑)

間もなく到来する「冬至」の前後に、、、このような「自己分析」を元にした、、、「素敵なメッセージ」が届けられるかもしれません、、、!?(笑)

 

ちなみに、今回と関連した!?テーマと致しましては2022年10月1日・8日の第427・428回目のTOPICS『 妖怪から学ぶスピリチュアルなどの様々な視点(笑):前半後半 』などもございます(笑)

 

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