前編:この先に向けて2021年前半の振り省り(振り返り) ~想像・創造という価値~

○ 『 節目とは・・・ ~東日本大震災から10年~ 』(3月6日)

東日本大震災においても、一番怖れられているのが《 「風化」 》という「雰囲気」や「空気感」です。
そして《 「風化」とは文字通り「風」に「化ける」とあるように、(次第に)「見えなくなる」事象や現象 》です。

 

上記がポイントです。
先ほどは「時の経過」や「超加速度的」などの言葉も出て参りましたが、10年前だから「風化」していく(しやすい)のではなく、たった「1日」前の事でも「風化」していきます。
この8月という時期における戦争についても同様の事が言えるのはお分かりになるかもしれません。
この「風化」をさせているのは私達「人間」であり「私(瀬川)」でもあり「あなた」でもあります。
このような「風化」を避ける為には「思い・言葉・行動」の一貫性を保つ事で可能になります。

 

○ 『 憧れが創造する反映 』(3月13日)

《 「客観的」に捉える「主観的」に捉えるという事と、「他人(の)事」として捉える「自分(の)事」として捉えるという事では、微妙に(ニュアンスも含め)「違い」が生ずる 》という事があります。

そして、一つの例ですが《 「自分(の)事」を「客観的」に捉える事は「視野(可能性)」を「広げる(拡大出来る)」事に結び付き、「他人(の)事」を「主観的」に捉える事は「理解(違いを尊重する)」という「想像力(共感)」を強化する事に結び付き・・・ 》という効果が現れてきます。

そして、現在の世の中や社会で起こっている事の多くが《 「自分(の)事」すら「他人(の)事」として捉えてしまう事による、(他者へは当然の事ながら)自らへの「無関心」、そして、間違った方法で「他人(の)事」を「主観的」と捉えてしまう事による「異論」の排除・・・ 》

 

上記がポイントです。
そして、「自分(の)事」も「他人(の)事」も、「主観的」も「客観的」もどちらも必要で大切なものです。
これがこのTOPICSでも繰り返しお伝えしております「(過度な)二者択一に陥らないように」との視点に結び付いております。

そして、「自分(の)事」も「主観的」も、どちらも「自己中心的」や「今だけ、金だけ、自分だけ」という視点とも本来は違います。
つまり、「自分自身」とのコミュニケーションを取る事に億劫になってくると、次第に「自分自身」すら見失ってしまうという怖れにも繋がっていきます。
そして、「自分自身」が不在となれば、当然ながら「他者」は眼中に入らなくなっていきます、、、

 

○ 『 自律訓練法と生活不活発病(廃用症候群) 』(3月27日)

私なりの表現を用いて「生活不活発病(廃用症候群)」を説明しようと試みますと、《 今まで送ってきた平素からの日常生活に、何かしらの原因が元で「制限」が掛かり(過ぎ)、「無意識」の上で(自分でも気づかぬままに)「テンション(緊張)」が上がり続けた状態が長く続く事によって、様々な心身の症状として現れてくる兆候 》

不謹慎や不適切とのご意見やご感想もあるかもしれませんが《 自然災害時(直後から長期を含め)と現在のコロナ渦は、「本質」においては(かなり)似通っている状況・・・ 》と言えます。

 

上記がポイントです。
そして、前回のTOPICS『 支えや寄り添いが必要な時に ~恒例!?の美味しんぼメタファー(笑)~ 』では締め括りとして次の事をお伝えしておりました。