前編:コロナ禍も1年経ったが・・・ ~今後の為の振り返り(省り)~

○ 『 今・・・真剣に問われている・・・真の動機 』2020年2月29日掲載

《 物事や出来事への対応法に100%(完璧)というのは(ほぼ)あり得ない 》というのが「真実」に近い、、、というよりも「事実」に近い、、、
《 だからといって(100%(完璧)が無いからといって)、出来る事(可能な事)をしない事(不作為という「行動」)への言い訳にしてはならない(言い訳に出来ない) 》

 

現在の所(執筆時の2020年2月26日時点)、国(省庁や官僚)・政府(与党)は、「重症化するまでは検査を行わない」という方針を立てています、、、と言うよりも、この新型コロナウイルスが発生した直後から、希望者を含め多くの人が検査を受けられるようにするべきだとの、多くの現場の医師や専門家の方々の声があったにも関わらず、つい先日(2020年2月時点)発表された基本方針においても、その方向性は変わらず、これは「真の動機」においては、重症化するまでは《 検査は「行わない」のではなく、検査を「行わせない」という意図した「堰き止め」 》が行われています。

 

検査をするにしても、それが可能となるのは、国の公的機関などと民間5社(2020年2月時点)に限定しています。
この態勢で、1日で検査出来る「総数」は3,830件と言われていますが、《 この「総数」というのは、新型コロナウイルスを検査出来る「総数」では無く、他の病気で持ち込まれる検体を含めたもの(「総数」)である 》という事実を、国も政府も正しく情報を伝えておりません
いえ、正しくと言うよりも、、、、敢えて伝えていない、、、という方がより「真実」に近いでしょう

 

このような「堰き止め」をしているのには、「仕組み」という目に見えづらい側面も関係しています。
今回の新型コロナウイルスに関しては、仮に民間に開放しても(協力を仰いでも)、新型コロナウイルスの存否の最終判断(確定診断)を下せるのは公的機関のみとしているからです(2020年2月時点)。
最終判断(確定診断)を行えなければ、現場の医師の方々も「診断」から「治療」へ移行出来ない現状があるにも関わらず、、、
なおかつ、同じ公的機関の検査においても、縦割り行政の弊害として、下位の公的機関(地方衛生研究所など)での検査は、そのトップに君臨している公的機関(国立感染症研究所)に最終判断を仰がなければならない、、、という、とてもとても迅速性という「行動」とは相容れず、本末転倒な方向性にしてしまっています。

 

以上のような概要です。
さずがにこの当時よりは検査数も増えて来ておりますが、それでも世界各国の検査数と比較しても未だに日本は格段に少ないのが現状であり、それぞれの企業独自の取り組みとして、多額の経費を活用しての自主的な検査に頼っている、、、依存しているのが「実状」である事でしょう。

さらに、現在の変異株などの特定(ゲノム解析等を含め)におきましても、先の「最終判断」を仰がなければならないという「仕組み」は今もって変わっておりません(変えようとすらしておりません)。
そして、これは批判や非難という訳ではありませんが、先の国立感染症研究所におきましては、つい先頃に送別会をしていた事も明るみになりました。

 

そして、これは余談と言えば余談ですが、個人的な所では、私の父は内科のクリニックをしておりましたが、それも2年以上前に閉院し、その手続きも閉院直後に全て滞りなく迅速に終えておりましたが、つい1ケ月程前、国立感染症研究所から感染症についてのアンケート調査が閉院済みのクリニック名で届きました
事務手続き上の単なるミスや齟齬である事でしょうが、「情報やデータ」という側面から考えてみた時に、「一事が万事」という言葉も思い浮かんでしまいます、、、

 

そして、TVのコメンテーターなどにおきましても、検査数を増やさない(増えない)事に関して「強制出来るものではない」「全国民に行うのは不可能だ」「検査結果は100%(正しいもの)ではない」などの《 出来ない理由(言い訳) 》を発言し続けている方も未だに多いです。
これは先ほどの《 物事や出来事への対応法に100%(完璧)というのは(ほぼ)あり得ない 》という点を、「意図(極論すれば悪意)」した上での「(過度な)二者択一」を活用している所から来ております。
何故、そこまで「抵抗や拒否」をするのでしょうか、、、「真の動機」はどこにあるのでしょうか、、、
そして、冒頭においてコメント致しました通り、感染された方も含め、他のご病気においても治療を受けられない方々が増え続けております、、、