前編:コロナ禍も1年経ったが・・・ ~今後の為の振り返り(省り)~

○ 『 300回目のTOPICSは・・・(意識の)再生 』2020年4月11日掲載

《 「無関心」という空気感が蔓延し、それが塵(ちり)も積もれば山となるとのように、いつしか「不作為という行動」に繋がっていき、かつ、その事にすら「気づけなく」なってきたが故に・・・「今、現在」の状況における、外出自粛などの「不作為という行動(何もしない、何も出来ない)」しか選択肢がない所まで・・・「自ら」を追い込んでしまった 》

 

今迄のTOPICSにおきまして、お伝えしてきた視点があります。
それが《 「3割」の人々の意識が変われば、様々に変化させていく事が可能となる(より変化させやすくなっていく) 》というものです。
この視点は「今でも」変わりはありません。
ただ、しかし、先ほどの「塵(ちり)も積もれば山となるとのように」との箇所にあるように、《 「今、現在」の状況を変化させていくには、「3割」では不充分 》というのが、「気づかず」に、そして、「無関心」でここまで来てしまったが故の現在です。

 

では、どうすれば変化させていけるのかについてですが、それが《 「7割」の人々の意識が変わる必要がある 》というものです。
では、どのようにすれば「7割」の人々の意識が変わっていけるのかについてですが、《 あなたの周りにいる「2人」に、「何か」に気づく大切さと楽しさを「問い掛けて」みる 》という事です。
そして、《 「問い掛けられた」それぞれ「2人」の方が、同じように周りにいる「2人」に「問い掛けて」みる 》これで「7割」は充分に可能になります。

 

《 (意識の)再生とは、私達(の意識)は、いつでも、どこでも、再び、生き直す事が可能!!! 》という意味合いです。
そして、そのように、再び生き直す事を可能にするのが、考える(考え続ける)事でもあります。
なぜなら《 再び同じ事を繰り返さない為に 》だからです。

 

《 自粛などが必要なのは理解出来るが、無性に外出(や遊び)をしたくて堪(たま)らなくなる自分は、どこかオカシイのかな? 》あるいは《 この先、終息を迎えられなければ、家から一歩も出られなくなる事を想像している自分は、どこかオカシイのかな? 》などのように、「両極端」の「感情」と「理性」のせめぎ合いのような症状が出て来る事があります。
そして、このような症状というのは、いわゆる、鬱的な症状と、とてもよく似てきます。

そこで、これは覚えておいて下さい!
《 私達(の多く)は、自分の「内面(側)」に(深く)入って行こうとしている際に、このような(鬱に似た)症状などを感じるのは、至極、自然な反応(や兆候や流れ)である 》という事です。

《 「内面(側)」のみに籠もり過ぎると、次第に、「外面(側)」に過度に敏感になっていく 》という事です。
そして、この敏感が恐怖や不安などの症状として現れやすくなる(可能性がある)という意味です。
つまり、「今の時点」では自粛や外出を控えるという「理性」を活用しつつも、《 「内」に籠もり過ぎてしまうと、「外」が極度に怖くなるという本末転倒に陥らない 》という視点をどこかで持ち続ける事が助けになってくれます。

 

以上のような概要です。
現在のコロナ渦という状況は、今に生きている私達においては初めての経験とも言えます。
震災等におきましては、次第に復興という「形(という先)」が「目に見えて」来るに従い、気持ちも落ち着きやすくなります。
しかし、今の状況はなかなか「先(という形)」が「目に見えない」というのが多くの方々の偽らざる心情である事でしょう。

このような状況においては、心(と体)のバランスが崩れやすくなるのも無理はありません。
そして、それを変化(改善)させていくには、この回での「意識」+「内面(側)」+「外面(側)」を「考える」事が役立っていきます。
そして、これは「調和とバランス」とも「繋がって」「重なって」きます。