魂の視点に「余生」はありません(笑) ~来世への準備や下調べの期間としての今~

【 余生は本当に存在する??? 】

ここで、意地悪な問い掛けをします(笑)

それは、ここ迄の内容から、

 

人生における「本末転倒」に関し・・・

「本」 = 過去 ・・・

「末」 = 未来 ・・・

 

のように捉えるならば、

 

「余生」と呼べる「生」は・・・

本当に存在しているでしょうか???

 

 

そこで、種明かしをしますが、ここ迄に出て来た「本末転倒」の活用法は、

 

誤用(に近い)

 

です(笑)

なぜなら、「本末転倒」の本来の意味は、

 

物事の根本的に大切な事と・・・

そうでは無い瑣末(さまつ)な事を・・・

取り違える事・・・

 

だからです。

ちなみに「主客転倒」は「物事の大小・軽重などを取り違える事」です!

 

 

そして、「余生」をどのように捉えても全くの自由で、そもそも正解や答えもありません!

そして、

 

「一般的」や「普通」な感じで「余生」を捉えても・・・

「今が大切」であり・・・

「大切なのは今」である・・・

 

という事ですが、今回のテーマの本当の趣旨は違います、、、(笑)

 

【 真の意味の格差の正体 】

「今が大切」であり、「大切なのは今」であるのは、その通りであるものの、

 

現在の「冷笑」の現れは・・・

「今だけ」「自分だけ」良ければ・・・

それで構わない!!!

 

というのが、最大の原因です!

 

 

そして、この捉え方は、

 

「重なり」を見失っているが故の・・・

過度な「二者択一」に陥った結果・・・

 

という事であり、現在の世の中や社会の「真の姿」として現れています。

これが、

 

「格差」の真の正体!!!

 

です!

 

【 世の中や社会のカラクリに気づく 】

他にも、

 

多様性の尊重と「言葉」では言いながら・・・

グラデーション(濃淡)を認めないのが「冷笑」であり・・・

真の動機という「思い」を発端とした・・・

「詭弁や嘘」という「行動」として現れている・・・

 

という視点を、前回、前々回のTOPICSで伝えました、、、

 

 

つまり、世の中や社会が、ちゃんとした真の動機の元で機能していれば、

 

「一般」や「普通」な感じの「余生」実現されているはず・・・

 

です。

しかし、実態は「真逆」で、

 

「働かざる者、食うべからず」のような「冷笑」の風潮を・・・

「人生100年時代」や「幾つになっても輝ける時代」などの言葉に、すり替えている・・・

 

という「カラクリ」に、早く「気づいて」下さい、、、

 

 

なお、「働かざる者、食うべからず」とは例えであり、「怠惰」を戒める教訓なので、体の不調などで働けないケースを指している訳ではありません!

 

そして、ここ迄の内容に関しても、あるテーマとの「繋がり」から伝えています、、、

故に、ここ迄の内容に、分かり辛さを感じるのが自然な反応です(笑)