こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

先日来の相次ぐ台風により甚大な被害が出ておりますが、お亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げますと共に、お怪我をされた方やお家が損壊された方、また、避難所でお過ごしになられている方なども含めまして、心よりお見舞い申し上げます。

そこで、今回は「ギリギリの所まで来ている・・・現代(という私達)」というテーマをお届け致しますが、不謹慎の誹(そし)りを免れないなどのご批判もある事も承知の上で、かつ、そのようなご意見もちゃんと受け止めた上で、私自身が「今」必要と感じている面を、率直にお伝えして参ります。

 

では、まず最初に、お聞きになった事がある方も多いかと思いますが、中島みゆき さんの「時代」という歌(作詞:中島みゆき)の前半部分の歌詞をご紹介致します。

 

『 今はこんなに悲しくて 涙も枯れ果てて
  もう二度と笑顔にはなれそうもないけど

  そんな時代もあったねと
  いつか話せる日が来るわ

  あんな時代もあったねと
  きっと笑って話せるわ

  だから今日はくよくよしないで
  今日の風に吹かれましょう

  まわるまわるよ時代は回る
  喜び悲しみくり返し
  今日は別れた恋人たちも
  生まれ変わってめぐり逢うよ 』

 

では、皆さんに問い掛けます、、、

 

「今」起こっている・・・

自然災害にしても・・・

人為的な様々な出来事にしても・・・

 

「いつか話せる日が来るわ」・・・

「きっと笑って話せるわ」・・・

と、「今」、本当にそのように思い、感じる事が出来るでしょうか・・・

 

ところで、次のような言葉があります。

 

国破れて山河あり

 

これは「戦乱などで国が滅びても、山や川などの自然は元のままの変わらない姿で存在していること」を表していると言われておりますが、この言葉を自然災害に当てはめるのは「誤用」である事を敢えて承知の上で、

 

「今まで」のように何も変わらずに進んで行った時に・・・

「これから先」の光景(景色)に・・・

この言葉は、当てはまるのでしょうか・・・

 

逆に、あくまで私個人としては、仮に国がかろうじて存続出来たとしても、そこに、山や川は既に存在していないかもしれず、、、ひいては、そこ(国)に人々(国民)は存在し得るのだろうか、、、という事を、とても強く考えてしまいます。

では、このTOPICSでも何度か繰り返しお伝えして来ておりますが、少し表現を変えて、改めてお伝え致します。

 

私達(人間)は自然(界)をコントロールする事は出来ない・・・

が、しかし・・・

私達(人間)の「意識」は・・・

自然(界)に(多くの)影響を与えている・・・

 

というものですが、今回は敢えて率直にお伝えするという趣旨から、これは間違いありません。

では、ここで、今までのTOPICSにおいても自然災害に関してお伝えして来ておりますが、その幾つかの、ごく一部を抜粋して、再度ここに掲載致します。

 

まず、2015年9月11日のTOPICS「見る・聞く出来事には意味があるのか?」からです。
この時は、栃木県、茨城県、宮城県での大規模な「川の氾濫」が引き起こされ、そこから「溢れ出す」という現象をキーワードとしてお伝えしたものであります。

『 大変な困難な中でも、そこから活路・意味を見い出し、同じ事が起こらないよう出来る事は何か? 』

『 このように「溢れ出す」というテーマに対し、そこから見い出せる一つの活路・意味としては、「受け入れる力(受容力・包容力)」ということが考えられます。 』

 

次は、2016年4月16日のTOPICS「急遽:今、見つめ・気付けることを・・・」からです。
この時は、熊本で発生した大地震を取り上げました。

『 私達の意識というものは、正の面も負の面も含めて、それが多数集まることにより膨大なエネルギーが産み出されることが量子力学における数万人の実験から明らかになっています。

  その実験では、その集合した意識のエネルギーが、まずもって狂わされる可能性のない機器に影響を及ぼし、変化させていることが実証されています。 』

 

では、最後は2018年7月14日のTOPICS「自然(災害)と人間の意識(波動)」からです。
この時は、これも甚大な被害が出てしまった西日本での豪雨災害を取り上げました。

『 最新の科学の分野においては、次のような研究もなされています。

  それは、自然災害が引き起こされる際には、人間の意識(波動)が深く関与しているのではないか・・・との一説です。 』

『 良かれ悪かれ、私達人間における意識の波動を乱す元となるのは、行き過ぎた感情の波です。 』

『 自然災害が発生した場所の人間の意識(波動)が問題なのではなく・・・私達がどこの場所にいようと、自然災害がどこの場所で起ころうと・・・全ては私達一人一人の意識(波動)が関わっている・・・ 』

 

昨今の台風や大雨などに関しては、温暖化(気候変動)が理由として挙げられていますが、確かにそれも大きな要因の一つです。
ただ、このような温暖化(気候変動)を引き起こしたのも、私達(人間)です。
そして、その中には、当然ながら「私自身」も含まれておりますし、「あなた自身」も含まれております。

 

そして、先ほど『 良かれ悪かれ、私達人間における意識の波動を乱す元となるのは、行き過ぎた感情の波です。 』とのコメントをご紹介致しましたが、この「意識」そして「感情」の乱れは、現在では残念ながら「溢れんばかり」の雑多なものが存在しているのが事実ですが、その中でも、ここ最近、特に私が危惧している(気に掛けている)のが、

 

世界各国でも・・・

勿論、日本国内でも・・・

「冷笑」という空気感(雰囲気)が蔓延してしまっている・・・

 

というものです。

そこで、「ひろしま」(監督:関川秀雄、昭和28年上映)という映画があります。
これは文字通り、広島に投下された原爆の実態を描いた物語です。

 

そして、そのワンシーンで、戦後少し経過した後の、学校での場面があります。
そこでは、先生が生徒に、原爆を受けた人は手を挙げて下さいとの場面があります。
ちなみに、そこで手を挙げた生徒の人数は3分の1として紹介されています。

 

そして、手を挙げた中の、一人の女子生徒が次のように発言します。

『 記憶力が悪くなって、、、チョットの傷が膿んだり、、、とても目も体も疲れやすいんです。

  夏なんか、とても体がだるくて、起きていられないくらいなんです。 』

 

すると、ある男子生徒が次のように発言します。

『 夏は誰だってだるいですわ! ねぇ~ 』

 

そして、そのクラスの中で「(冷)笑い」が湧き起こり、その女子生徒は何も言えなくなり、うつむいてしまいます。
それを見た、先ほど手を挙げた中の、一人の男子生徒が席を立ち上がって言葉を発します。

『 何がおかしいんだ!

  これだから、何も言いたく無くなるんだ!

  〇〇君(先の女子生徒)の言った事は、程度の違いはあっても、原爆を受けた者が皆、苦しんでいる事なんだ。

  それに、口では言わないが、いつ原爆症に命を取られるかと思って、毎日ビクビクして生きてるんだ。

  そんな事を言えば、君達はすぐ、原爆を鼻に掛けてるとか、原爆に甘えてるとか言って笑うんだ。 』

 

そして、これを聞いた先生が発言します。

『 〇〇(先の男子生徒)にそう言われると、僕は全く弁解のしようが無いんだ。

  (中 略)

  広島に来て、原爆の事を勉強しなかったって事は、全く僕自身の怠慢で、その点、諸君にはすまないと思っている。 』

 

これを受けて、先ほどの男子生徒が更に言葉を続けていきます。

『 それは先生だけではありません。

  広島市民の大部分の人が知らないんです。

  今、新聞なんかが、原爆と平和問題を結び付けて、盛んに世界の人達に呼びかけていますが、僕は、原爆の恐ろしさと、あの非人道的な事を、世界の人達に叫ぶ前に、まず、日本人に分かって貰いたいんです。

  いえ、それよりか、広島の人達に知って貰いたい。

  もっとハッキリ言えば、ここにいる、このクラスの人達に、先生によく知って貰いたいんです。 』

 

では、この映画のワンシーンから、皆さんは先ほどの「冷笑」という空気感(雰囲気)を、どのように捉え、どのように感じますでしょうか、、、

確かに、原爆(人為的)と自然災害に差異はあるかもしれませんが、ここには、私達の「意識」、ひいては「感情」が「炙り出されて」います。

そして、繰り返しの問い掛けですが、

 

「今」起こっている・・・

自然災害にしても・・・

人為的な様々な出来事にしても・・・

 

という事に関して、

 

どうぞ皆さん・・・

「関心」を持って・・・

そして「知って」・・・

そして「気づいて」下さい・・・

 

そして、特にここ最近の風潮から「気づいて」欲しいのは、

 

「言葉」とは「裏腹」の思い(詭弁、時には嘘)

 

です。
なぜなら、

 

これらの全ても・・・

私達(人間)の「意識」の現れ・・・

 

であるからです。
そして、

 

このような「意識」の現れが・・・

私達(人間)全ての・・・

「思い」「言葉」「行動」に繋がっている・・・

 

という事に。

では、今回のTOPICSの締め括りと致しまして、冒頭にご紹介した、これもご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、同じく中島みゆき さんの「糸」という歌(作詞:中島みゆき)から、サビの有名な歌詞の一部をお伝え致します。なお、「誰か」の部分は、今回のテーマに沿う趣旨と致しまして、私の判断で「カギ括弧」を付しております点をご了承下さい。

 

『 縦の糸はあなた

  横の糸は私

  織りなす布は

  いつか「誰か」を

  暖めうるかもしれない 』

 

自然災害にしても、、、人為的な様々な出来事にしても、、、「全て」は、、、「繋がって」います、、、