精神病棟の実態・・・? ~ 番組「長すぎた入院 精神医療・知られざる実態」から ~

【 家族の心情の吐露 】

ここから、二人のインタビューを元に、進めていきます!

 

一人目は、仮称Aさん(女性・56歳)です。

彼女は統合失調症と診断され、30年の入院生活を送っています。

そして、彼女の父は、次のように話します、、、

 

Aさんの父:
『 この病気は治せないと医師に言われた。 仕事が忙しかったから面倒も見てられない。 お金は掛かってもしょうがないから、預かって貰えれば安心だ。 その為に、病院任せになってしまった。 』

 

 

そして、現在の彼女は、グループホームに時折通いながら治療を受けています。

そして、グループホームに入る際、Aさんの父は次のように話します、、、

 

Aさんの父:
『 実家に帰って来るのはダメ。 60歳になるっていうのに、子どもじゃないのだから。 重荷だよ。 どれだけ自分(の体と心)が保(も)つか分からないし、すぐに自分は参ると思う。 どこの病院でも完治しなかったんだから。 そういう事を自分は今までずっと経験して来たから面倒見られない。 (グループホームで)面倒見て貰えるなら、見て貰うしかない。 もし、(グループホームで)続ける事が出来ず、2~3年でダメで実家に帰すと言われても迷惑だ。 自分としては、(娘に)人生やめて貰う。 その覚悟だ、親としては(その位の覚悟がなければ、やっていけない思い)。 』

 

 

様々な思いや感想もあるでしょうが、続けます、、、

 

【 日本という国が生んだ犠牲者 】

二人目は、仮称Bさん(男性・66歳)です。

彼は統合失調症と診断され、39年の入院生活を送っていました。

 

原発から5㎞圏内の病院に入院していた事で、避難させられました。

しかし、避難先の病院で入院の必要なしと診断を受け、現在は退院して一人暮らしの生活を送っています。

そして、退院後の彼を見守って来た医師は、次のように話します、、、

 

医師:
『 どうして、Bさんが40年近くも、精神病院に入院していなければならなかったのだろう? この事実に私の方が、むしろ衝撃を覚えた。 彼もまた精神病院の犠牲者であったかと。 あるいは、また、日本という国の犠牲者の一人でもあるかなと。 』

 

 

そして、Bさんの入院当初、5年間主治医をしていた別の医師は、次のように話します、、、

 

医師:
『 当時の病院の状況は非常に良くない。 (200床の病院で)医師が一人しかいなくて、平気だと続けていること自体が、その当時は通用していた。 しかし、それは「常識的でない常識」である。 入院している患者さんの人権は、ほとんど認められていなかった。 』

 

【 社会の目も弊害を生む 】

そして、この医師は当時の状況の中、医師を増やし、出来るだけ退院させる方針を打ち出すと同時に、次のように話します、、、

 

医師:
『 病棟(建物)は(病気を)治してはくれない。 なので、病院の中で医師等が出来ることと、薬が出来ることは、ここ迄と区切りを付け、そこから先は家族と社会が治してくれるようにしなければならない。 そこで(家族と社会で)治して貰わなかったら、本当には快(よ)くならない。 』

 

そして、主治医を離れた後のBさんが、その後も長年に渡って入院していた事実に対し、次のように話します、、、

 

医師:
『 自分の考え方と、違う考え方で治療されていたと思う。 まだ危険があるからと考えると退院出来なくなる。 それは主治医の考え方にもよるが、その考え方がいけないとも言い切れない。 今でも、ほとんどの病院がそう(少しでも危険があると判断すれば、長期入院の方針)だと思う。 』

 

 

そして、Bさんは自分の人生を「振り返り」、次のように話します、、、

 

Bさん:
『 (社会的に、精神障がい者の偏見や差別が強かった当時)入院したことで家族などからも偏見の目を向けられるようになった。 ある時、叔父の家に遊びに行っていて、明け方に足がつったので痛いと騒いだら、またおかしくなったのでは?と言われて、入院させられた。 (自分のことを)特別なものを見てるという感じがした。 』

 

『 時間が戻るんだったら昔に戻りたい、、、 やっぱり、、、 』

 

『 (入院中の当時、退院したいと家族に主張した事に対して)退院したいって思うよ。 やっぱり、このまま死んでいくのは嫌だなって思うよ、、、 やっぱり、、、 』

 

そして、Bさんが幾度も退院を主張した事に対し、Bさんの父は次のように話したそうです、、、

 

『 誰が見ても快(よ)くなったら、、、 』

 

 

では、番組の紹介は、ここで終了です!

色々な思いや感想がある事でしょう、、、