「実現することは信じること」となり、「信じることは実現すること」となります。
何か「違い」を感じないでしょうか?
「実現することは信じること」あるいは同様の「見ることは信じること」は結果が出た後の問題です。
そして、「信じることは実現すること」あるいは同様の「信じることは見ること」は、結果の前に「意思」という作用が含まれます。
別の表現を用いれば、「実現することは信じること」あるいは「見ることは信じること」の中には「偶然性」という作用が含まれているようにも感じます。
しかし、「信じることは実現すること」あるいは「信じることは見ること」の中には「必然性」という作用が大きく関わっているようにも感じます。
「自分の人生は自分で創り上げている」「世の中に偶然はない」という言葉を聞いたことはないでしょうか?
この言葉は、「信じることは実現すること」「信じることは見ること」という「観念」を採用しています。
先ほどもお話したように、どちらの「観念」を採用しても結果は両反対の場合もあり得ることも理論上は成り立ちます。
しかし、「信じることは実現すること」「信じることは見ること」の「観念」を採用した結果、「自分の人生は自分で創り上げている」「世の中に偶然はない」という結果になった場合、
仮に当初の結果が望ましくない場合でも、それを変えていく「力」が自分にはある!
ということになります。
人が行動を起こす時には、必ず何かしらの「観念」を採用しています。
つまり、その人にとって好ましい行動、あるいは好ましくない行動のいずれかを実行する場合でも、何かしらの「観念」を信用して行動しています。
是非、今回の「観念」の話題から、もし皆さんの中で止めたい習慣や癖がある時、あるいは何か上手くいっていないと感じる時には、皆さんの中に「どういう観念」があるのかを探してみて下さい。
※ ここは後日に追記の箇所ですが、今回と関連したテーマと致しましては2018年5月19日の第202回目のTOPICS『 人生はあなたを「通して」現れる 』、2017年3月31日の第143回目のTOPICS『 見ている景色は違う・・・? 』などもございます。
※ カウンセリング等をご検討の際には、私が登録相談員をしております以下のリンク先も参考になります。