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偽りの記憶

こんにちは。
レイキ ヒ-ラ-&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

今回は、ヒプノセラピ-(催眠療法)における前世療法や年齢退行療法などでよく議論の種となる「偽りの記憶」というテ-マをお届け致します。
偽りの記憶とは文字通り、実際に起こった事実とは違うが、本人にとってはまさに真実とも言える記憶という意味です。

 

偽りの記憶が作り出されるケ-スは色々ありますが、一般的に多いのは子ども時代の記憶です。
では、一つのお話に沿って進めていきます。

ある所における、お母さんと子どもの会話です。
事実としては、実際に食べた夕食は「コロッケ」であったという所が出発点となります。

<夕食の翌日>
お母さん:「昨日の夕食は美味しかった?」
子ども:「うん、美味しかったよ!」
お母さん:「昨日の夕食は何を食べたんだっけ?」
子ども:「う~ん、忘れちゃった!」
お母さん:「美味しかったのに忘れちゃったの?」
子ども:「う~ん、・・・・・ハンバ-グを食べたんだ!」

 

<そのまた翌日>
お母さん:「今日の夕食は何を食べたい?」
子ども:「コロッケが食べたい!」
お母さん:「2日前の夕食にコロッケを食べたよね?」
子ども:「違うよ、2日前の夕食はハンバ-グを食べたんだよ!」

 

このようなお母さんと子どもの会話ですが、ある日の夕食に食べたのは「コロッケ」が事実ですが、子どもは「ハンバ-グ」と答えています。
色々なケ-スがありますが、<夕食の翌日>の会話において、子ども心の優しさとして、「美味しかったのに忘れちゃったの?」と言われて必死に考えたことと思われます。
色々思い出そうとしたのでしょうが、子どものイメ-ジにはハンバ-グがポンと浮かんだことと思います。
そして、このような子ども心における必死さとハンバ-グが、その子どもの心・イメ-ジと結びついた所です。
その結果として、<そのまた翌日>の会話でもハンバ-グと答えています。

 

また、別のケ-スとしては以下の会話でも偽りの記憶が作り出されます。

<夕食の翌日>
お母さん:「昨日の夕食は美味しかった?」
子ども:「うん、美味しかったよ!」
お母さん:「昨日の夕食は何を食べたんだっけ?」
子ども:「う~ん、忘れちゃった!」
お母さん:「美味しかったのに忘れちゃったの?昨日食べたのはハンバ-グでしょ!!!」
子ども:「ごめんなさい、そうだった・・・・・ハンバ-グを食べたんだ・・・」

 

最初のケ-スではあくまで子ども心の善意として偽りの記憶が作り出されていますが、次のケ-スではお母さんがコロッケと知りつつもハンバ-グと鎌を掛け、子ども心における叱られることの「怖さ」などの感情から偽りの記憶が作り出されているのかもしれません。

 

また、子どもが前世?らしきお話を始めた頃にも、このような偽りの記憶というのが作り出されることもよくあります。

<前世と思われる会話>
お母さん:「産まれてくる前には何をしてたの?」
子ども:「畑でトマトとか色々な野菜を作って売ったり食べたりしてたんだよ!」
お母さん:「その時にトマトは本当にあったの?」
子ども:「う~ん、・・・・・間違えた!大根だった!」

 

現在のお母さんにはその当時に「トマト」があったとは思えなかったので聞き返しています。
すると子どもは無意識に何かしらを感じ「大根」と答えています。
そして、この前世と思われる会話をその後も続けていくと、色々な事が子どもの会話に付け加わっていくケ-スも多々あります。

 

例えば、話を聞く日によって、住んでいたお家が1階建てから2階建てに変わったり、今で言う従業員の立場であったものが経営者の立場に変わっていたりと、、、、、。
また、前世と思われるお話の場合には、今まで夜寝る前に読み聞かせていた絵本の内容や挿絵などが混同されてお話しているケ-スもあります。

このように偽りの記憶が作り出される一つの要因としては、

 

何かしらの感情とイメ-ジが結びついた時

 

というのが挙げられます。
そして、もう一つの要因として、

 

繰り返し質問され、繰り返し答え続ける

 

というのが挙げられます。
そして、この「繰り返し」というのが、

 

偽りの記憶が本人にとっては真実となる

 

という点に結び付いていきます。
このような偽りの記憶というのは、私達の誰もが持っている可能性があります。
例えば、大人になってから小さい頃のお友達とお話をしていると、自分の記憶とは幾つか違っているなぁと感じたり、親類の人と子ども時代の話をしている時などにもよく見受けられると思います。

 

このような偽りの記憶というのは特段気にする必要もありませんし、トラウマになるといったケ-スもほとんど心配する必要はありません。
しかし、先のケ-スのように、

 

叱られることの「怖さ」などの感情

 

と結び付いている偽りの記憶は、大人になってからも多少の影響は残っている可能性はあります。
また、当然のごとく偽りの記憶というのは何歳になっても作り出されるものですので、このような所謂「負の感情」と結びついている偽りの記憶が幾重にも積み重なって作り出されているケ-スもあるかもしれません。

 

前世療法でも年齢退行療法においても、思い出された記憶が偽りであるのか真実であるのかは、実はほとんど気にしません。
しかし、現に「今」の段階でそのような記憶が思い出されたという所、あるいは、そのような記憶を持ち続けているという所にポイントを当てていきます。
そして、ここで大切にする点は、

 

その記憶から何を学び、今後にどう活かしていくのか?

 

という点です。
今回のテ-マのような偽りの記憶というのは私達の誰もが持っていますし、特に日常生活において影響を感じている場面などがなければ気にする必要もありません。
ただ、偽りの記憶というのは、どこかに「違和感」を感じるという所から真実が明らかになっていくケ-スもあります。

 

ここから先は私の実際の体験ですが、昨年、私自身の偽りの記憶の真実が明らかになった事柄があります。
と言っても、取るに足らない事柄ですが、「違和感」から真実が明らかになっていったケ-スですので、簡単にご紹介します。

 

私は小さい頃からジャッキ-・チェンの映画が好きで、今でもよく繰り返し観ています。
その中でも、小学生の時に観たある映画が好きで、現在に至るまで繰り返し観ていたのですが、その映画の「ある場面」になるといつも「違和感」を感じていました。

 

小学生の当時の私の家にはビデオデッキもありませんでしたし、今のようにレンタルビデオ店というのもほとんどありませんでした。
そのような時代の中、映画のサウンドトラックというのは結構流行っていました。
当時はCDではなくカセットテ-プが主流で、そのサウンドトラックの中には、主題歌のみならず、映画の「ある場面」の「セリフ」と「効果音」が収録されていました。
そして、当時の私はその映画のカセットテ-プを何度も「繰り返し」聞いては、映画の場面を「回想」したりしていました。

 

話は戻りますが、好きで観ていたその映画の「ある場面」とはカ-チェイスの場面です。
当然映画ですので、カ-チェイスの「映像」と「セリフ」と「効果音」が三位一体となっています。
しかし、いつ観てもそのカ-チェイスの場面になると「違和感」を感じていました。
そして、その「違和感」とは、

 

当時と興奮や感じ方の度合いが違う

 

というものでした。
大人になってから観ているので感じ方が違うのもある意味当たり前かな?あるいは、何度も繰り返し観ているので興奮の度合いが下がっていったのかな?などと心の中では思いながら特に気にすることはありませんでした。

 

そして昨年、久しぶりにその映画のカセットテ-プを聞いていました。
そのカセットテ-プには、その映画のカ-チェイスの場面が「セリフ」と「効果音」と共に収録されています。
すると、その当時の興奮と感じ方に近いものが心の中に広がっていきました。
そこで、何が違うのだろうと思い、その映画のカ-チェイスの映像とカセットテ-プの音を較べてみました。
すると、

 

「効果音」が違う

 

ということが分かりました。
つまり、映画では「映像」「セリフ」「効果音」が三位一体ですが、カセットテ-プでは「セリフ」と「効果音」そして私の「回想」が三位一体となっています。
そして、この中で一番力を持って私に影響を与えていたのは、

 

私の「回想」

 

です。
そして、私の「回想」を作り上げていたのは、

 

映画の「映像」「セリフ」 + カセットテ-プの「効果音」 = 私の「回想」

 

というものでした。
つまり、私は自分の「回想」を繰り返していく中で、

 

全く存在しない「映像(映画)」「セリフ(映画)」「効果音(カセットテ-プ)」という三位一体のカ-チェイスの場面を作り上げていた

 

ということです。
そして、私の興奮や感じ方の度合いも、

 

私の「回想」から産み出されていた

 

ということです。
つまり、

 

私の「回想」は「偽りの記憶」

 

であったということです。
そして、このように「違和感」が判明しても、私の中に今だに印象強く残っているのは、

 

私が作り上げた「偽りの記憶」=「回想」

 

です。

今回の映画のケ-スは日常生活に影響を及ぼすものでもありませんし、あくまで自分の心の中の出来事ですのでプラスに捉えています。
このような日常の中に芽を出している「違和感」というものを感じる際は、あなたの中に「偽りの記憶」がある証かもしれません。
その記憶の真実を探り当ててみるのも面白いかもしれませんよ。
そして、探り当てる一つの灯台になってくれるのが、「繰り返し」行ってきた所に秘められているかもしれません。

 

ここから先は余談ですが、「偽りの記憶」についてもう一つお話します。
不謹慎なケ-スかもしれませんが、この「偽りの記憶」というのは、一部のスト-カ-行為にも当てはまります。
スト-カ-が逮捕され取り調べを受けた際などに、ほとんど面識が無いにも関わらず、彼女は私と付き合っている、現に好意を寄せている、などの発言がなされる場合があります。

 

このようなことは、そのスト-カ-が自分の中で繰り返しそのような場面を妄想し続けた結果、現実とイメ-ジの区別がつかなくなっているケ-スもあるかもしれません。確かに、潜在意識は現実とイメ-ジを区別出来ないという特徴はありますが、ここまで度が過ぎると自分で自分をマインドコントロ-ル(洗脳)している状態に近いと思われます。

 

スト-カ-行為というのは、相手の人生に土足で入り踏みつけるような行動で決して行ってはならないものです。
人権や本人の自覚の度合いなど難しい部分も確かにありますが、警告や接近禁止命令などの現実的な対応と共に、何故そのような思いと行動に至ったのかを、「意識の側面」からも本人に気づかせていく作業というのも必要なのかもしれません、、、、、

2016年7月8日 02:07

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