アンバランスへの対応法 ~軸や芯の創造には知り・考え・気づく事~

【 コロナ禍の葬儀から 】

コロナ禍の当初では、芸能人の他界も相次ぎました。

感染症法上との理由で、家族でも故人の顔を拝めず、火葬後に遺骨となって、初めて対面出来るケースが未だに続いています、、、

 

葬儀業界では、遺体をビニール等で包むという、法律上の手当もしつつ、ご尊顔(顔)だけは透明な素材にし、家族等が拝見出来る開発をしたそうです。

ただ、供給よりも需要が上回り、在庫不足に陥っているそうです。

 

そこで、葬儀業界が厚生労働省に対し、

 

既に得られたコロナウイルスに関する知見や・・・

現在のコロナウイルスの性質などを鑑みて・・・

2年程前に作成された指針の見直しを求めている・・・

 

という「行動」を起こしていますが、

 

厚生労働省は、現在の所は見直す事は考えておらず、この先もその予定は無い

 

と、回答しています、、、

「聞く耳を持っていない」という事でしょうか、、、

 

 

【 情報が偏っているコロナワクチン 】

ところで、半年程前のTOPICSでは、『 コロナワクチンに関するコメントは最初で最後になるように 』との趣旨で、一度だけコメントしました。

 

ただ、コロナワクチン接種を強制したり、あるいは、接種をしない事で差別する「ワクハラ(ワクチンハラスメント)」は別の問題なので、これに関しては最近も言及し続けています。

 

そして、理由は分かりませんが、未だにメディアに出続けている医師や専門家等は、ワクチン接種「推進派」ばかりです、、、

一方で、YouTubeなどのネットでは、

 

自らでワクチンの成分の検証や実験に取り組み・・・

その研究成果をデータと共に示し、懸念を表明する医師や専門家等も増えて来ている

 

という実状もあります。

しかし、どういう訳か、動画も含めすぐに削除されるケースも後を絶ちません、、、

 

 

医学にせよ、科学にせよ、他の何にせよ、「その時点で判明」している知見なので、後に《 振り返ったら 》好ましくないケースが生じるのは、致し方ない面はあります。

 

ただ、

 

その時々に判明した知見に基づいて・・・

懸念の払拭や改善(時に見直しも含め)の為に・・・

常に、お互い(双方)に様々なデータを突き合わせ検証していく・・・

 

のが《 本来の姿勢 》であるのは、論を待ちません。

 

しかし、現状はどうでしょう、、、

 

極論と思うでしょうが、接種するにせよ、接種しないにせよ、

 

「選択と決断」をする際に、最も重要で大切である・・・

自分なりに「考える」情報が、制限されて(時に隠されて)しまっている・・・

 

という事です。

 

 

敢えて穿った視点で表現すると、

 

情報が、ある意図の元で恣意的に操作されているが故に・・・

「他に選択肢が無い」ような状況が、創り出されてしまっている・・・

 

と指摘したら、これは「言い過ぎ」でしょうか???

 

高齢者では情報を入手出来ない人も多いでしょう。

しかし、少なくとも情報にアクセス出来る人は、

 

自らで「考えた」上で決断する事が・・・

今、最も問われている・・・

 

と、私の目には映っています、、、