朱に交われば赤くなる事の危険性 ~同調圧力も含めた善悪功罪という両面~

【 当事者の「振り返り」から 】

自らの教職(の地位)を投げ打って、活動に参加していた女性が、戦後30年以上経た後に、以下の文章を記しました、、、

 

《 私は戦争と同時に教職を辞した。 それは家庭の事情や病身だったせいもあったが、別にも訳があった。 徹底的軍国主義教育を我が思想の如く振る舞い、生徒や婦人会、部落常会などでしゃべりまくった自分の行動が醜く、恥ずかしく、百八十度転換して再び教壇に立つ勇気がなかったのも一つの理由だった。 》

 

その女性の息子の山田親信さん:
『 やっぱり何か後ろめたさが、自分がやって来た事に対する後ろめたさがあったから、なかなか帰らなかったのかなとかね。 良かれと思ってやった事が、これがどんな結果を生むかなんていうのは、普通は、こんなのは神様じゃない限り分からない事だと思うし、そういう意味では、この日々の中に見えない危険性というか、気が付いたら後戻り出来なくなってしまうんじゃないかっていうね、、、 』

 

 

自らも徴兵され、《 (天皇陛下)万歳と日の丸(の旗) 》で戦地に送り出されたものの、何とか帰還する事が出来た、先ほどの江塚さんが話しています、、、

 

江塚さん:
『 (故郷の駅に戻って来た所、迎えてくれる人は)一人もおらん、誰もおらん。 ただ自分一人がボロボロの負残兵の格好で。

  祖国のため、世界平和のため、中国の民族解放をするためなんて格好の良い事を言って、やることなすことは、この世ない事をやらざるを得ないし、この手がやってきたんだ、、、 命令とはいえ、、、

  ずっと毎日、わしは謝罪でお祈りしとる、、、 それでなきゃ、わしの生涯は終わらん、、、 』

 

同じく、先ほどの三好さんも話しています、、、

 

三好三さん:
『 命を捧げてもな、、、と(母は)言うた。 捧げても何の喜びも生まれない、何の楽しみも生まれない、お前達(息子達)が帰ってこんかったから、、、と。 一生懸命、お国のためにと思っていたけれど、終わってしまえば、わびしい事やったな、という思いに変わる。

  (孫が生まれ)この子達が大きくなるまで、どうぞ兵隊にとられる戦争が起こりませんようにって、この子達が生涯戦争に行かんでもいいような世の中であって欲しいな、というのが母の願いやったと思います。 』

 

 

同じく、先ほどの久保さんも話しています、、、

 

久保さん:
『 (現在も世の中や社会の動きを見据え続けている事について)ただ、漠然と生きるの嫌やもん。 私は私なりの考えをちゃんと心に持ってたいのよ。 間違うてるかも分からへんけど、最低私は、こんな一杯読んだり聞いたりして「私は、こうや」って思う事をして来た。 

  そやないと戦時みたいに偉いさんが「わあー」って言って、「はい」言うてやっとったら、どないなるか分からへん。

  世の中ってね、ちゃんと見とかなあかんな思うて、、、 』

 

では、番組の紹介は、ここで終了です!

 

【 真の動機を見つめ続ける 】

《 世の中の空気 》との言葉も出て来ましたが、

 

今現在の世の中や社会で言う所の、「同調圧力」

 

と同じ意味です。

そして、これもTOPICSでは幾度も伝えている、

 

「今現在」の視点のみで・・・

「当時(過去)」を判断するのは、慎重を期するケースもある・・・

 

なぜなら、「当時(過去)」と「今現在」では、

 

事情や状況の様々な「違い」もあり・・・

「情報(量)や知識(量)」の面でも、かなりの違いがある・・・

 

からです。

 

 

そして、 最も問われるのは「真の動機」!!! 』とコメントしましたが、何よりも「今ここから」に向けて伝えたい(伝えなければならない)事が、

 

「真の動機」が間違っていたと「気づいた」ら・・・

即座に「行動」を止め・・・

これ迄の自らの「言葉」を振り返り・・・

あなたの「思い」を変える事・・・

 

です、、、

 

そして、その為には、

 

色々と「知る」事・・・

 

です、、、

 

 

なぜなら、

 

同じ事を「二度と繰り返さない」為にも、、、

「手遅れ」にならない為にも、、、

 

そして、

 

これらは、戦争に限ったものではありません、、、

 

※ 関連TOPICSはこちら

・ 『 「長い物には巻かれよ」の真意 ~ヒトラーの予言者ハヌッセンの数奇な人生より~ 』

 

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