視点を増やし育てるのは連想ゲーム!? ~前回のTOPICSに魂の視点も重ねて~

《 イジメたと正直に話した友達は先生から平手打ちを貰ったけど、自分は確かに手は出さずに見ていただけだから、その通りに話したらお咎(とが)め無し!?だったけど、これは「見て見ぬ振り」であって、今でも「ほろ苦い記憶」となって蘇ってくるなぁ、、、 》

前回のTOPICSの締め括りにおきましては、さりげなく!?『 如何にインナーチャイルドには「五感」が深く関係しているかにお気づきになられましたでしょうか、、、 』とのコメントを差し挟んでおりました(笑)
「見て見ぬ振り」は言うまでもなく「視覚」との関係になりますが、「ほろ苦い記憶」というのは、言わば「味覚」が比喩として使われています。

 

食べ物などでも「苦味」を感じる事により、これは食べてはいけないものだ!などの危険の「回避」に役立つ働きをしていますが、逆に「大人」になると「苦味」がある食べ物を好んで食べるようになるケースも多いです(笑)

あくまで私個人の勝手なイメージですが、私が「大人」としてイメージする姿の一つには、、、「酸いも甘いもかみ分ける」、、、という点を強く感じたりもします(笑)

 

《 夏になると、その神社主催の宵宮があり、とても「ウキウキ」したものです(笑)
  今、こうして大人になって、しかもその道を昼間に歩いていると何の変哲もない道だけど、宵宮の時は、まるでジブリ作品の千と千尋の神隠しに出てくる場面のように、「夜と昼」とでは全く光景が違うなぁ~
  それと、何とも言えない「密度の濃さ」が宵宮の時にはあったように感じるけど、もしかしたら、それが楽しさなどの「場のエネルギー」なのかな??? 》

 

「ウキウキ」が出て来ましたが、多くの皆さんもご存じのように、以前にはタモリさんの『 森田一義アワー 笑っていいとも! 』という番組があり、『 お昼休みは ウキウキ watching 』(作詞:小泉 長一郎)とテレビから流れていました(笑)

ところで、「昼夜」逆転とまでは言えませんが、私が小さい頃に観ていた時は夕方の5時から放映されていました(笑)

そして、前々回のTOPICSでは地球と月との関係、そして太陽との関係にも触れ、地球と月との間でも引力などの「双方の影響」が及ぼし合う事により「均衡」が保たれている旨をお話させて貰いました。

 

そして、このような事は「人間関係」にも同様に当てはまり、全くの見ず知らずの人でも、間接的な関係であっても「双方の影響」を及ぼし合っている事も同じです。
これは言葉を変えると人間関係における「距離感」ともなりますが、地球と月との関係でも遠ざかったり近づいたりなどの「距離(感)」が「変化」している事で先程の「均衡」が保たれています。

 

そして、「昼と夜」とでは地球と月の「双方の影響」の及ぼし合い方も「変化」しています。
そして、「昼間の月」「夜の太陽」は「目には見えず」とも常に存在しております。
そして、「逆もまた真なり」!?で、量子力学(量子物理学)では『 人が月を観測していない時に、本当に月は存在しているのか??? 』との「命題」が生まれて来ます(笑)

他には「密度の濃さ」や「場のエネルギー」という言葉も出て来ましたが、科学に限らず様々な分野から学ぶ事が出来ます!
これが、

 

物事や出来事は大なり小なりそれぞれを「反映」している

 

との意味の一つにもなります(笑)

 

《 当時は母から小学生の内は友達同士で夜に出掛ける事はダメ!と言われていたけど、宵宮は母が連れて来てくれたけど、何となくそれを友達に見られると「恥ずかしかった」ような感があるなぁ(苦笑)
  でも、ダブルデートではないけど、仲の良い友達と、そのお母さんと一緒に宵宮に来たのもいい想い出だし、このように色々と想い出している「今」、母も天国で笑っているかな!?(笑)

ここではブレイクタイムのように魂の視点からです!
「供養」において大切なのは双方における「今の心」です。
そして、供養の「本質」とはお互いに「気づかせ合う」という所にあります。

『 死んだ人の事を悪く言うものではない 』のは確かにその通りですが、特段「美談(美化)」にする必要性もない事もその通りであり、時には『 こんなあんなで恥ずかしい事もあったね~(笑) 』などと語り掛ける事で「浄化」が加速されますし、それは「今のあなた」も同様です(笑)