心が置き去りにされている現代 ~コロナ禍の精神科病院から~

【 現場の声から 】

松沢病院に勤務する、二人の言葉を紹介します。

そして、紹介する言葉は、現在のコロナ禍に限った事ではなく、

 

以前(平素)から感じ続けているのでは???

 

と、私個人としては捉えていますので、その辺りも考えて下さい、、、

 

 

松沢病院の精神保健福祉士:
『 こういう(松沢)病院が無くなったら、あの人達(患者さん達)の居場所は本当に無くなるなって思う。 で、何かあった時に結局家族に押し付けられるでしょう、みたいな。 精神病院にもいられなくて、地域にもいられないってなったら、もう見えない所に行って下さいって話になっちゃうじゃない。 それもちょっとねぇ、、、 だから(精神科病院は)必要悪なの? もう分からなくなってくるよね、、、 』

 

松沢病院(当時の)院長の齋藤正彦 医師:
『 この(松沢)病院にコロナウイルスの感染の為に送られて来た人って、社会的にね、すごくパワーの無い人ばっかりだったの。 守ってくれる家族もいないし、家も無い、長いこと精神科の病院にいて、社会から全く根を切られちゃったというかね。 世の中に何かが起こった時に、歪(ひず)みは必ず脆弱な人の所に行く。 社会には弱い人達がいて、僕らの社会はそれに対するセーフティーネットをどんどんどんどん細らせているんだという事を、もう一度思い出すべきなんだよね、、、と僕は思う、、、 』

 

そして、番組では、精神科病院のクラスターの「実態」を示すデータは存在していないものの、番組と専門家(大阪精神医療人権センター)の独自調査によると、感染者が発生した精神科病院は「145」、感染者は「4、600人以上」との事です、、、

 

 

【 改めて「生きる」とは何かを問う 】

改めて繰り返しですが、番組は昨年の2021年7月31日放映のものです。

更に、1年間の密着という事で、描かれているのは2020年の夏頃からの状況です。

 

勿論、当時は新型コロナウイルスに関して不明な点も多々あり、社会的にも混乱が生じていました。

故に、保健所や病院の対応にも不手際や、気づいていない点があっても、致し方ない面もあるでしょう、、、

 

また、保健所や病院では、地域により実情も違います。

そして、ある意味では、精神科病院は一般の病院とは趣(おもむき)が違う面があるのも理解出来ます。

更に、介護施設での認知症の入所者への対応、発達障がいの子どもがいる家庭、成長途中の幼稚園や保育園でも、

 

精神科病院と似た課題に直面

 

しているはずです、、、

 

 

ところで、現在の第6波と言われるオミクロン株に関し、メディアでは無症状や軽症がほとんどであり、なおかつ、重症化率は低いが故に、感染者数は考慮せず、重症化の患者を治療出来る体制を整える事が必要だとの見解が多くを占めています。

勿論、コロナ感染による重症化の患者、更に、コロナ以外の病気や怪我などの治療を含めた医療体制を改めて整える事は、大切で必要です。

また、経済を回す必要性があるのも、一定程度の理解は出来ます。

 

ただ、それ以前の問題として、

 

重症者の「定義」に関し・・・

国や自治体によって「基準」が不明瞭で・・・

故に、重症者の人数にも大きな「解離」が生じている・・・

 

という事態が起こっています。

 

そして、同じく繰り返しですが、「後遺症」に関しては、ほとんど取り上げられていません。

経済だけに目を向け過ぎ、後遺症による休職や退職に繋がる事があれば「本末転倒」です。

そして、実際に後遺症に悩まされ、苦しんでいる人は現在も増え続けています。

 

更に、後遺症が1年以上も続き、有効な治療法も無いと言われ、希望を失い、落胆している人も増え続けています。

このような辛い状況では、

 

「心」にも大きな影響を及ぼしている・・・

 

という事実は「論を待たず」です、、、

 

そして、何より、

 

「その先(コロナ後)」も人生は続く・・・

 

という視点は、決して見過ごされて(見落とされて)はなりません、、、

 

 

そして、番組の事例から考えると、

 

「生きる」価値のある者と・・・

「生きる」価値のない者と・・・

 

いえいえ、それどころか、

 

「生かす」価値のある者と・・・

「生かす」価値のない者と・・・

 

という傾向が世の中や社会では、かなり高まっています。

まさに、「優生保護(思想)」ですが、言葉を変えると「他人事」「無関心」「分断」も、「源や本質」は同じです、、、

 

そして、今回の精神科病院と優生保護(思想)は「無関係」と感じているかもしれません。

しかし、本当に、そうでしょうか、、、

 

 

なぜなら、

 

「臭いものに蓋をする」との「思い」から始まるが故に・・・

「嘘(詭弁)」の「言葉」を使わざるを得なくなり(作為)・・・

挙げ句の果てに「答えない・説明しない」という不作為の「行動」に陥っている・・・

 

という事象が随所に見られるからです、、、

 

そして、「答えない・説明しない」という不作為の「行動」の事象を、

 

敢えて「作為的(意図的)」に行っている「末期的症状」・・・

 

という事象も見られます、、、

 

そして、同じ傾向や風潮は、

 

「あなた」の身の周りでも必ず起こっているはず・・・

 

という事です、、、

 

しかし、そのような傾向や風潮に気づけていないとしたら、

 

目を背け過ぎていないか???

 

という視点を考えて下さい、、、

 

 

【 改めて「声なき声」を意識する(聴く) 】

少しでも状況を改善していく為には、

 

《 声なき声 》を意識する(聴く)!!!

 

という「姿勢」が必ず必要になり、必ず「役立ち」ます!

 

そして、《 声なき声 》の中には、

 

自分の「内面の声」も含まれる!!!

 

という視点も、併せて意識して下さい!

 

なぜなら、今回のテーマの「本質」にあるのは、コロナ禍に限らず、精神科病院に限らず、

 

誰もにとって「対岸の火事」では無い

 

というのが、事実であり真実だからです、、、

 

※ 関連TOPICSはこちら

・ 『 コロナ禍の障がい者の環境とリトル・アマル ~知る、気づく、想像、経験~ 』

・ 『 「動機」を捉えるとは・・・ ~麻酔という医療特許と精神医療の身体拘束のケースから~ 』

 

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