承認欲求は悪い事ではありません(笑) ~自己承認欲求と他者承認欲求の区別は意味が無い!?~

【 本当に自己承認欲求なのか??? 】

逆に「私って可哀想!!!」のケースを見てみます!

自分の「感情」を理解している現れとして、「可哀想」という自分を認めている自己承認欲求(が充足されている)のようにも映ります。

しかし、このケースでも「可哀想!!!」という「前提」があって始めて成り立つものであり、

 

本当(本心)は自分では自らを可哀想と認めたくないが為に私を見て、かまって、理解して!!!という・・・

他者承認欲求の充足(を必要としている)!!!

 

という視点も成り立ちます!

どうでしょうか???

おそらく、何となく分かるようでいて、、、やっぱり分からない、、、のが「本音」として感じている事でしょう(笑)

つまり、

 

承認欲求を「自己」「他者」で区別する事は(さほど)意味がない

 

という事です(笑)

なぜなら、

 

自己承認欲求も他者承認欲求も相互に「繋がって」「重なって」いるから!!!

 

です!

 

 

故に、

 

承認欲求を「自己」そして「他者」に分けて判断し過ぎると・・・

結果的に「自分の事も」分からなくなり・・・

ましてや「他者の事など」分かるはずもなく(という思い込みに拍車が掛かり)・・・

「意識の混乱(混迷)」に陥ってしまう(怖れが出てくる)・・・

 

という可能性が高くなってしまいます。

これでは、せっかく「承認欲求」というポイントまで辿り着けたにも関わらず「本末転倒」な結果にもなりかねません。

そこで、繰り返しですが、

 

承認欲求は悪い事でもネガティブなもの(傾向)でもなく・・・

自然な意識(心)の現れ!!!

 

という点を頭に入れてみて下さい!

 

 

【 承認欲求の捉え方 】

その上で新たな視点を加味していきます!

承認欲求で悩んでしまう(引っかかってしまう)時には、

 

自己へ向けた意識を「51%」・・・

他者へ向けた意識を「49%」・・・

これを自らの「足元」に据える!!!

 

という事を心掛けてみて下さい!

勿論、この「数値」はイメージしやすくする為のものであり、絶対的な基準ではありません(笑)

ただ、やはり、

 

「自己」が「主」であり、「他者」は「従」と(ひとまず)捉える!!!

 

という事です!