AI(人工知能)から考える・・・自分という私達 ~シンギュラリティ問題も含め~ 

このように、AI(人工知能)に関する事柄では、科学、医学、心理学、工学、経済学、哲学、倫理学、宗教学など、現代の(ほぼ)全分野を網羅するほどの、「人類」が直面している「唯一の命題」となりつつあるのかもしれません、、、
「~学」と高尚?な例えを挙げましたが、料理でも然り、車の運転でも然り、学校の授業でも然りなど、それこそ何でも、どの分野でも有りの問い掛けでもあります。

ちなみに、身近な例では、言語の翻訳機能におけるAI(人工知能)では、その国の言葉を知らなくても気軽に安心してコミュニケ-ションを取れるなど、旅行などでも大いに活用され始めてもいます。
そのうち「津軽弁」などの方言も翻訳出来るようになるのかもしれませんね(笑)

 

では、ここからは今回のAI(人工知能)というテーマから導き出される様々な視点の内の幾つかを少しご紹介して参ります!

ところで、2020年から小学校ではプログラミングの授業が始まる模様ですが、私も同様ですが、30歳や40歳の世代ではそのような授業を受けた事がなく、親世代の大人側がどうすればいいの?との悩みも多いそうです(笑)
そして、このような学校における授業内容においては「理系あるいは文系」という風に別れる事が今でも多いです。

 

私は大学時代は法学部でしたので文系に属するのでしょうが、この当時は就職氷河期の始まりの頃でもありましたので、「文系は潰しはきくが、一方で、人の取り替えも幾らでも可能」などと言われており、就職には理系の方が有利?だったように記憶しています。
そして、このような捉え方も、ある意味での「二者択一」と似ているのかもしれません(笑)

 

そして、多くの場合に、「理系 = 理性(理論)」「文系 = 感情」という区分けの図式が無意識の内に行われてきているとも感じています。
別にこのような事が悪い訳ではありませんが、このTOPICSでも「感情よりも理性を」と幾度もお伝えしておりますが、ここに誤解?を生じているケースも、もしかしたらあるといけませんので、改めてお伝えすると、

 

理性も感情もどちらも必要で大切

 

です(笑)
例えば、理系のモデルとして医師を挙げ、文系のモデルとして小説家を挙げてみたいと思います。
理系=理性のモデルである医師に感情が不要かと言えばそうでは無いでしょうし、文系のモデルである小説家に理性という、いわゆる理論構築(文章構成)の能力が全く無いとしたら、その小説には何が書かれていて、何を伝えたいのかがサッパリ分からなくなってしまう事でしょう。

そして、このような視点を今回のテーマになぞらえると、

 

「AI(人工知能) = 理性」「人間 = 感情」

 

という図式に近くなるのかもしれません。
そして、この最たる例としては、先程から出てきている心臓移植医療が該当してくるのかもしれません。
そして、

 

「人間」には理性と感情の両方が備わっているが・・・

「AI(人工知能)」に備わっているのは理性のみ・・・???

 

という辺りが、AI(人工知能)を活用する(し過ぎる)事への怖れに繋がっているのかもしれません。
では、このような課題に解決策はあるのでしょうか?

それでは、少し視点を変化させてみます。
例えとして、以下のような図式を活用してみます。

 

「男性 = AI(人工知能)」「女性 = 人間」

 

と。
ちなみに、男性と女性を逆に入れ替えしても構いません(同じ事です)し、ここに他意は全くありませんので(笑)
そして、このTOPICSでも繰り返しお伝えしております、