魂の器(うつわ)としての人間は・・・どこに向かおうとしているのか?

鉱物にせよ・・・

機械にせよ・・・

人間の「体」にせよ・・・

 

それらを分解していくと・・・

その根源は素粒子(や元素)に辿り着き・・・

比率や構成(量や種類)の違いはあっても・・・

同じ「物(質)」に行き着く・・・

 

というのが事実でもあります。
そして、これも最初にお伝え致しました、

 

仮に・・・

意識(魂)の表現活動に制限はない・・・のであれば・・・

どのような「物(質)」であれ・・・

「魂の器(うつわ)」となり得る・・・

 

のかもしれません(笑)
しかし、既に「人間」という「魂の器(うつわ)」を活用するに至った「私達」が、今から「鉱物や植物や動物」を「魂の器(うつわ)」として利用する事は出来ませんし、そもそも活用したいという方もほとんどいないかとも思います(笑)
私は貝になりたい、、、という映画もありましたが、、、

 

「私達」を「(人間ではなく)私達」と成らしめているのは・・・

「知能」なのでしょうか・・・?

「意識」なのでしょうか・・・?

 

(笑)

今回のような私の馬鹿げたお話(テーマ)に関心のある方は、2017年1月18日の第133回目のTOPICS『 意識の器(うつわ)と心のケア 』や、2018年7月7日の第209回目のTOPICS『 人間は魂が無くとも生きられる? 』でも別の視点から触れておりますので、宜しければ覗いて見て下さい。
そして、今回は私の妄想!?に最後までお付き合い頂きまして、誠にありがとうございました(笑)

 

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