【 モートンの思惑 】
デモンストレーションの失敗から半年が過ぎた頃、ウェルズの元にモートンがやって来ました。
そして、モートンがやって来た理由が、ウェルズが発明した吸入麻酔法は、
莫大なお金を生み出すので・・・
その方法をウェルズから盗み取る為・・・
でした。
実は、若かりし頃のモートンは、
詐欺師(ペテン師)
をしていました、、、

しかし、モートンの「思惑」を見抜けず、ウェルズは方法を伝授しました。
そして、伝授されたモートンは、吸入麻酔法を自らの発明にする事を考えました。
その為に目を付けたのが、亜酸化窒素ではなく、
ジエチルエーテル
という、揮発性の液体の薬品でした。
なお、エーテルを吸うと「吐き気や呼吸困難」が治まるケースがある事は、既に知られていました。
そして、1846年、モートンは自らの発明(品)と銘打って、公開手術を企てました、、、

【 逆転する二人 】
公開手術の舞台として選ばれたのが、マサチューセッツ総合病院でした。
そして、以前の公開手術では、ウェルズが一人で「麻酔から執刀まで」手掛けました。
しかし、モートンは、
自分は麻酔を掛けるだけに留め・・・
華を持たせる為に、執刀は外科医に行って貰ったが・・・
その真の動機は・・・
手術が失敗した時の責任逃れ・・・
にありました。
ただ、公開手術は成功裏に終わりました。
そして、この時のモートンは、
聴衆の目を惹き付け・・・
見栄えを良くする為に・・・
フラスコを利用したガラス製の吸入器を用意する・・・
という入念な下準備をしていました。
そして、この成功がキッカケとなり、
「無感覚」を意味する・・・
ギリシャ語の「アネステイシア」を語源とした「アネスシージャ(anaesthesia)」との・・・
「麻酔」を表す言葉が誕生!!!
しました!

こうして、
モートンの名は世界に知れ渡る・・・
ようになりました、、、
勿論、痛みのコントロールが可能になった点では、有益で画期的な出来事です。
ただ、これを境に、
ウェルズが詐欺師(ペテン師)と見做され・・・
モートンは逆に偉人と称賛される・・・
ようになりました、、、

モートンの裏切りにより、ウェルズの心は怒りに支配されました。
そして、ウェルズはメディアを通じて、「自分が最初の発明者」であると訴えました。
そして、二人の争いが世間に知れ渡ると同時に、
雨後の筍(たけのこ)の如く・・・
「自分が最初の発明者だ」との名乗りが至る所から噴出し・・・
「医療特許」の大論争が巻き起こる・・・
という流れになりました、、、