こんにちは。
レイキ ヒーラー&ヒプノセラピストの瀬川です。

 

2018年の冬至は12月22日(土)に該当しておりますが、2016年、そして、2017年に引き続き、本年も「冬至という初夢に贈る物語(メタファー)~パート3~」をお届け致します!
そして、毎回の繰り返しですが、初夢というのはお正月に見る夢のみならず、この冬至の前後から見始める夢と繋がっていると言われております。

 

ところで、「3日坊主」という言葉がありますが、この語源は、お坊さんを志した人が厳しい修行に耐えきれずに3日でお寺を去ってしまった事から来ているとも言われています。
そして、皆さんもご存じの通り、「3日坊主」とは物事を行っても長続きしないケースなどで使われたりしておりますが、勿論、厳密な意味での「3日」という事でもありません(笑)

 

また、お正月にはその年の「抱負」などを決意する方も多いかと思われますが、よくお正月は「三が日」とも言われたりするように、これも「3(日)」というのは何かしらの意味や智慧?が含まれているのかもしれません。
そして、4日の仕事始めに入ると「抱負」を次第に忘れていくというのも皆さんも経験があるかもしれませんし、当然ながら?私も同じ経験はあります(笑)

ちなみに、「抱負」という字は、「負」を「抱く」という成り立ちですが、これが何を意味しているのか?を考えてみるもの面白いかもしれません(笑)

そして、「3日坊主」のように、何をやっても長続きしない・・・との悩みをお持ちの方も多いかもしれませんが、お正月に向けた今の時期こそ、

 

気の(は)持ちよう!

そして、

思い立ったが吉日!

 

などの言葉もありますので、時にはあまり自分に厳しくならずに、その日その日に出来た事を褒めてあげるなど、「心の余裕」も楽しんでみて下さい!

 

話が逸れてしまいましたが、ここから物語(メタファー)をお届け致しますが、今回の物語も私がABH(米国催眠療法協会)のトレーナー認定の際に受けたプレゼンテーション(実技試験)で活用した5つのメタファーの内の一つです。
ちなみに、今回ご紹介する物語も元の素材(話)があったかと思うのですが、出典を忘れてしまったので申し訳ございません(苦笑)

それでは、この物語から何を感じようと、何を思おうと、どのように捉えようとも、皆さんの全くの自由ですので、楽しんで味わってみて下さい!

 

『 南の方のとある地方に、ある一つの村がありました。
その村は、海に面している海辺村と、山に面している山辺村の、二つの地域で構成されていました。
この村には時計というものが無かったので、長い間、村の人々は太陽の昇り具合を見て時刻の目安としていました。

 

そんな中、海辺村のお金持ちが、文明の世の中に取り残されてはならぬと思い、町に出掛けてとても高価な時計を買い求めてきました。
町の時計屋が言うには、この時計は標準時に合わせており、決して時間も狂うことが無いという触れ込みで、海辺村の人々も、山辺村の人々も、毎日そのお金持ちの家に行き、時計を見ては凄いものだなぁ、などと集まって話をしておりました。

 

すると、山辺村に住む、もう一人のお金持ちが、村の人々が皆、時計のある海辺村のお金持ちの所ばかりに出入りするので面白く無く思い、自分も町に出掛けて時計を買い求めてきました。
こちらの時計も高価であり、さらに素晴らしい装飾がなされている時計でした。
勿論、標準時に合わせており、決して時間も狂うことが無いという代物でした。

 

そうすると、今度は村の人々が、山辺村のお金持ちの時計を見に集まるようになりました。
このように、村には二つの時計が存在する事となりましたが、不思議な事に、この二つの時計は30分ほど時間が違っていました。
村の人々はどちらの時計が正しいのかを知る由もなく、それぞれのお金持ちだけが、自分の方が正しい時計だと言い争っていました・・・

 

そのように日々が過ぎていく中で、次第に海辺村の人々は、自分達の時計が正しいと言い、山辺村の人々も、自分達の時計が正しいと言い争うようになり、平和だった村は時計の為に二つに分かれてしまいました・・・

 

すると困った事に、6時からの集会のお触れが出されると、海辺村の人々は6時に集まり、山辺村の人々はそれから30分遅れて集まるようになりました。
待たされる海辺村の人々は、遅れてくる山辺村の人々に文句を言い、一方の山辺村の人々は、自分達はちゃんと6時に集まっているのだと言い、集会も上手くいかないようになってしまいました・・・

 

そんなある日、山辺村の時計が壊れてしまいました。
海辺村の人々は、これで時計が一つになったのだから、これからは6時の集会に山辺村の人々も遅れる事はないだろうと安心していたのですが、山辺村の時計は壊れているので、山辺村の人々は6時がいつであるのかさえ分かりません。
時計が二つあった時よりも、一つになってしまった事により、ますます村の集会を行う事が困難になってしまいました・・・

 

そんな混乱が続く中、しばらくすると、海辺村の時計も壊れてしまいました。
どちらの時計も決して狂うことが無いという触れ込みで買ってきたばかりに、その後、海辺村も山辺村も時計を改めて買おうという気持ちにさえなれませんでした・・・

 

このように、村には時計が無い前の状態に戻りましたが、頼るべき時計が無いと受け入れると、両方の村の人々は、以前のように空を仰いで太陽の昇り具合を見て、時刻を計るようになりました。
そして、それは少しの不自由も、両方の村の人々に感じさせる事はありませんでした・・・

 

なぜなら・・・
太陽は決して狂うことも無く・・・
壊れたりすることもありません・・・

 

そうして、「太陽」の有り難さに、両方の村の人々が初めて気づき、そして感謝し、集会の時刻も太陽の昇り具合で決めるようにした為、両方の村の人々はその後、以前のように、平和に集会を行えるようになりました・・・
村には・・・以前のような・・・平和が再び訪れました・・・ 』

 

では、物語はここで終了です。
そして、ここ数年は「分断(分離)」という傾向が見られる事は、このTOPICSにおいても繰り返しお伝えして参りました。
そして、2018年は特に、この「分断(分離)」に拍車が掛かった(掛かっている)年でもあります。
そして、この拍車を掛けている大きな要因は、

 

「意図」して起こしている(起こされている)「分断(分離)」

 

です。
例えば、ある意図を持って「分断(分離)」を起こす(起こされる)とは、意図を持った側を仮に「A」とすると、

 

「(起こした側の)A」と「(起こされた側の)B」との間に「分断(分離)」が生じる

 

というのはご理解頂けるかと思います。
そして、

 

「分断(分離)」には・・・

延々と続く「性質」がある・・・

 

という点を、まずは頭に入れておいてみて下さい。
そして、このような「性質」から、

 

2019年は・・・

「分断(分離)」を起こした側の「A」の内部においても・・・

「A1」・・・「A2」・・・「A3」・・・

 

というように延々と「分断(分離)」が繰り返される可能性が高いという事も意味しております。
しかし、

 

「分断(分離)」を起こされた側の「B」においては・・・

(その後に)「B」の内部において「分断(分離)」が繰り返される事は・・・

ほぼ、無い・・・

 

というのが、とても大切な「キー(鍵)」となります。
そして、このような「分断(分離)」の「性質」は、

 

その人の「心」と「身体」を「分断(分離)」させ・・・

最終的には・・・

その人の「心」と「心」を「分断(分離)」させていく・・・

 

という経路を辿ってしまう事にもなります。
そして、このTOPICSをそれなりにお読み頂いている方はご存じかと思われますが、

 

「分断(分離)」を産み出しているのは「怖れ」

 

です。
そして、これも度々の繰り返しですが、

 

新たなものを産み出すのは「統合」

 

です。
「統合」と聞くと多くの方が難しく感じるかもしれませんが、例えば、大根と味噌とダシ(魚)があるとします。
一つ一つはそれぞれ食べる事も出来ますが、それだけでは味気なさも感じ、「料理」とは言えないかもしれません。
しかし、

 

大根 + 味噌 + ダシ(魚) = 味噌汁 ・・・という「料理」

 

が出来上がります。
また、この大根の味噌汁をベースに、さらに魚や野菜を加えていくと、「鍋」という「料理」も出来上がります。
そして、このような事は、私達の身体を創り上げてくれている細胞などの「生命活動」も全く同じ仕組みでもあります。
そして、多くの方が「統合」という言葉を聞くと、

 

(何かに統合されてしまうと)自らの存在や個性が失われる・・・という「怖れ」を抱く

 

という印象を私個人としては強く感じてもいます。
これは、スピリチュアルなものが好きな方でも同じような傾向が見受けられます(笑)
繰り返しですが、

 

新たなものを産み出すのは「分断(分離)」ではなく「統合」

 

という視点を、今一度考えてみて下さい。
そして、勿論、一人一人が考える事がまずは大切な事でもあり、また、最終的な解決法にも繋がっていくものですが、今回の物語(メタファー)における、

 

あなたにとっての「太陽」に気づいていく・・・

 

という事が、誰においても出来る事でもあります(笑)
そして、この「太陽」というのは、小説などの本であるかもしれませんし、1本の映画であるかもしれませんし、歌や音楽、あるいは、心に響く一片のフレーズなどであるかもしれません。
そして、本にせよ小説にせよ何にせよ、それを産み出している「源」に流れている共通点は、

 

全てが「人」との縁(出逢い)

 

でもあります・・・
そして、先ほど「キー(鍵)」とお伝えも致しましたが、この「太陽」も一種のメタファー(暗喩)です。
このメタファーが本当に示しているもの・・・それは何か?・・・を楽しんで探してみて下さい!
それは、既に、ここまでの内容に出ているものでもあります(笑)
それでは、是非、皆さんも冬至の前後の初夢を楽しんでみて下さい!!!