「死」の持つ意味とあの世の視点の獲得 ~「今」をより良く生きる為に~ 

まだまだやりたい事があるから続けよう、人生はまだ半分以上も残されている、などの感じ方もある事でしょう。
しかし、あくまで私個人としては、

 

そろそろ、一息入れたいなぁ~・・・

 

と感じるように思ってしまいます。
他の全ての人々も、今回のような丸薬を飲んで、同じようなペースで人生を送っていけるのであれば、このようには思わないのかもしれませんが・・・
そこで、今回の「死」の持つ意味というのは、

 

ひとまず、一端「区切り」をつける手段

 

とも、捉えられるように感じます。
そして、この「区切り」を感じる一つの要因には、

 

人間関係も含まれている

 

と感じます。
確かに、生き続ける事によって幾らでも新たな人間関係を築き上げていく事も出来ます。
しかし、あなたは新たな人間関係を築いた周りの人々の幼少期などの思い出を知っていても、誰もあなたの幼少期の頃の思い出などを知りません
あなたの幼少期を知っている人もおりませんし、あなた自身が思い出話を聞かせてあげる以外に方法はありません。
そして、幼少期という同じ時代を生きた感覚を共有出来る場も人も、既にありません
そして、

 

「区切り」というのは、その「先」があるから「区切り」となる

 

というのが特徴です。
「先」がなければ「終わり」もないのと一緒です・・・

今、このTOPICSをお読み頂いているあなたは、これまでも、そして、これからもあなたであり続けると思われます。
そして、このTOPICSをお読み頂いている「今、この瞬間」も、あなたには様々な思いや考えが去来している事と思われます。
そして、そのようなあなた自身を感じてみて下さい・・・
今、感じているあなた自身は、心臓が止まる、あるいは、脳の機能が停止した事で、

 

あなたの全てが跡形もなく消え去ってしまう・・・と、心の底から思えるでしょうか・・・あるいは、感じ入る事が出来るでしょうか・・・

 

これも様々な感じ方があって当然ですし、どのような考えや感じ方でも勿論構いません。
ただ、ほんの少しでも、自分の全てが跡形もなく消え去ってしまう、という事に「違和感」を感じるようであれば、

 

その「違和感」の中に、あなたの今までの、そして、これからの「生」の動機が含まれている

 

と捉えてみて下さい。
きっと、あなたの中で、何かが変わっていく事と思います。

そして、「あの世の視点の獲得」ですが、これは、何もあの世に行かなければ獲得出来ない性質のものではありません。
というよりも、今、ここで、獲得出来る性質のものでもあり、既に兼ね備えている性質のものでもあります。
「あの世の視点」とは、今この世よりも、

 

幅が広く奥行きが深い視点

 

という意味合いです。
では、この意味合いを、具体的なケースで見ていきましょう!

ある所に、お父さんお母さんと、小学生の子どもさんの3人家族がいます。
ある日、お母さんは突如お腹が痛くなってしまい寝ていました。
すると、お父さんが、「お母さんはお腹が痛くて晩ご飯を作れないから、焼き肉でも食べに行こう」と、子どもと出かけていきました。
その父子の姿を見たお母さんは、

 

お腹が痛くて寝ている私をほったらかしにして、二人で焼き肉を食べに行くなんて、ヒドイ!!!

 

と思ってしまいました。
この「単純」にヒドイと思ってしまった視点が「制限されたこの世の視点」と似ています。
では、「あの世の視点」ではどのように展開していくのでしょうか?